AFRICAN HEAD CHARGE

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AFRICAN HEAD CHARGE インタビュー124号

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 '80年代初頭にUKダブを生み出し、その後長きに渡りシーンを牽引し続けているプロデューサーと言えば、エイドリアン・シャーウッド。ここで御紹介するアフリカン・ヘッド・チャージ(以下、A.H.C)は、そのエイドリアンのレーベル“On-U Sound”で、最も古株にあたるアーティストだ。バンドのリーダーを勤めるのはアフロ・ジャマイカンのパーカッション・マスター、ボンジョ・ナイヤビンギ・ノア。アフリカン・グルーヴを活かしたA.H.Cサウンドからも伝わってくる通り、アフリカ回帰指向の強い彼は、今から10年程前にレーベル本拠地UKを離れ、アフリカはガーナに移住している。
 '81年のデビュー作『My Life In A Hole In The Ground』から数えて12作目となるニューアルバム『Vision Of Psychedelic Africa』は、そんなボンジョとエイドリアンによる久々の共作。この伝説的タッグ復活という目出たいニュースは、4月に行われるA.H.C来日ツアーの知らせとともに編集部にも舞い込んできた。長い沈黙を破り再び動きだしたA.H.C。リリースに至った経緯と制作の様子、またガーナでの生活について御大ボンジョにたずねてみた。


―アルバム・タイトル『Vision Of A Psychedelic Africa』に込められた意味を教えてください。
「世界の中で、アフリカが前進してきているってことだ。他の国とイコールな関係になりつつあるって意味でね。それがアルバムのコンセプトでもあるよ」
―まるまる2年間をかけて、じっくりレコーディングを行なったそうですが、なぜそこまで時間をかけたのですか?
「ワシはガーナに、エイドリアンはロンドンに住んでいるのは知っとるだろ? ワシがロンドンに飛んで、2人でアイデアを形にする。それでガーナに戻って来て、またロンドンへ行くっていう生活をしとった。2年ちゅうのは、そんな準備や話し合いに費やした時間で、実際にはそれ以上の時間が制作にはかかっとる。ワシはもっと前から曲をつくっておった。アフリカでは沢山のことを学べるから、インスピレーションが自然に湧いてくるんだよ。レコーディングに入っておっても、頭の中で閃いたアイディアは書きとめずにはいられない。ミュージシャンとしての宿命とでもいうのかね」
―久々に彼と仕事をしてみた感想は?
「ワシと仕事することを心から求めてきてくれたから嬉しかった。3年くらい前だったかの、彼は“何かが自分の生活から大きく欠けているのに気がついた”とワシに正直に話してくれた。そしてワシ自身も機が熟しておったから、お互いアイデアがあるなら一緒にやろうと思ったのだよ。今回ワシら2人がこんなに上手くいったのは、彼がワシに自由に表現することを許してくれた最初のプロデューサーだったからだ。スタジオでワシは自由にドラムを叩いては止めて、その上にまた違うセットを乗せては止めてということをくり返し、様々なパターンやスタイルを1つに紡でいった。エイドリアンとならそれができるから、ワシは彼をリスペクトしとる。ガーナに来て11年、そもそも音楽のコマーシャルなところから逃げ出したくて来たのにな。ガハハ。ここでは農園に住み、周りの人達とはお金で繋がっていないシンプルな生活を送っておる。だが音楽は常にワシの中にあるから、エイドリアンから誘われた時は“NO”とは言えなかった」
―以前の作品では、アフリカ色が全面に出ていたように感じるのですが、今作ではグッとダブ色が強まったと思います。そこには、エイドリアンの影響があるのでしょうか?
「ダブ色が強いのは間違いなくプロデューサーでエンジニアでもあるエイドリアンの影響だよ。彼はトップクラスのエンジニアで、ミキシングと特殊な音を出すことにかけてのスペシャリストだ。エイドリアンの仕事には本当に満足しとるし、ワシはこの作品に誇りを持っておる。このアルバムはワシの作品の中で最高のものだ。それはナイヤビンギ・ドラムの影響が反映されておるからだ。ナイヤビンギ・ドラムはラスタマンにとって最初のドラム。ワシの名前がナイヤビンギなのは、ナイヤビンギ・ドラムがワシとってのルーツだからなのだよ。このアルバムでは、ワシがジャマイカで学んだことを前面に押し出して、ガーナで学んだことも織り交ぜた。ナイヤビンギの前に存在したポコメニアの音も取り入れたんだ。ポコメニアはガーナからジャマイカに渡ってきた音楽で、ワシらの祖先がブッシュマンだった頃のものなんだ。ナイヤビンギ、タンガドラムのハードなビート、アフリカのケテなど、様々なドラムの音を聴くことができる。中でもナイヤビンギは全てのドラムの中心を果たしている。家を建てる時の土台みたいなものだな」
―ガーナとロンドンを行き来しながら制作したそうですが、ガーナに移り住んだ後に見るロンドンは、あなたの目にどのように映りますか?
「ロンドンはいつ行っても変わらないと感じるが、大して向上しているようにも見えん。普通、ある場所から1度離れて戻って来てみると、友達が前よりも幸せな暮らしをしているとか、何か進歩している点があると思うのだがの。あそこにおる知り合いの大半はハッピーじゃないし、惨めな気持ちで人生を送っておる。ロンドンには鬱っぽさが蔓延しているとガーナに来てから気がついたな。天気のせいなのか、何が原因かはわからんが。ワシがロンドンにいた頃に落ち込まなかったのは、常に何かをやっておったからだろう。ある時、友達がワシを演奏のために病院に連れて行った。そうしたら、手足が麻痺して動かない患者達がドラムの音を聴いた途端に反応して、つま先を一所懸命動かし始めたんだ。医者はワシに言ったよ“患者さん達が自分の力で動けるように何週間も色々なことを試しては失敗してきた。それなのにいきなり現れた君がドラムを叩いただけで、つま先や手足が動くとは!”とな。それからワシはコミュニティセンターでワークショップを開くようになった。知能障害を持った人達を輪になって座らせて、ドラムや楽器を与え、何でもいいから1、2時間くらい音を出させてみた。その結果、それまで食欲のなかった人が食べるようになったりもした。楽器がその人の精神状態だけでなく、心と身体にも影響を与えたんだな。だから、ワシにとって音楽とは、人の精神と身体を救うためのものなのだよ」
― 現在ガーナでは、どのような生活をしているのですか?
「様々なことをやっとるよ。例えば、アフリカには1000以上ものラスタ教会があって、ワシはそこに行って肉体を超えた精神的なことについて語っておるんだ。我々が住んでいるのはスピリチュアルな世界だと信じておるからの。毎週土曜日は教会の日で、人々はワシが伝えたいことを聴きに来てくれる。それにワシも、彼らに教えてもらいたいことが山ほどある。お互いに伝えたいことがあるのは、本当に最高だ。ガーナでは、ボブ・マーリー祭に招待されて出演もしたが、それ以外ではショーはやらん。やるとしたら他のラスタ達と湖に集まるだけ。唄で始まるその夕べでは、光栄なことにワシはナイヤビンギ・ドラムを一番目に叩かせてもらえる。だからワシはナイヤビンギ・ドラムが更に得意になったよ」
―もうすぐ来日ですが、どんなことが楽しみですか?
「リー・ペリーや他のバンドと仕事もしておったから、実は日本には13年前に行ったことがある。大阪と東京に行って、On Airっていう所でやったのを覚えておるな。ワシは日本人に会えるのが本当に楽しみなんだ。今は変わってしまったのかどうか知らんが、あの頃は平和で落ち着いた街だった。誰も道で喧嘩をしとらんし、暴力は存在していないと感じた。それから、ワシが昔やっていたみたいに病院を訪ねて精神病の人達や障害者にドラムを体験してもらったり、学校の子供達にドラムを教えたりすることもできたらいいな。ワシにできることをファン以外の人にも届けられるのならそうしたい。1時間ほどの短い時間でも、ドラムと歌には癒す力があるから、彼らが抱えている問題をその間だけでも忘れさせてあげたいと思うのだよ」
―最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。
「本当に日本に行くのを楽しみにしておるよ。最近の日本の調子はどうだい? いかなる状況でもしっかり大地を踏みしめて、信心深い気持ちを忘れてはいけないよ。正しいおこないをしていれば、神が見ていて良いものを授けてくれる。良い行いも、悪い行いもいつか必ず自分に返ってくる。大切なのは自分が良い人間になることを望む気持ちなのだよ。ヤーマン!」


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AFRICAN HEAD CHARGE
Vision Of Psychedelic Africa

(JPN) BEAT / BRC-112

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