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MODESELEKTOR インタビュー153号

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 セバスチャン・ツャーリーとゲルノート・ブロンザートからなるモードセレクター。 ヒップホップ、ダンスホール、エレクトロニカ、ロックなど、あらゆるサウンドを飲み込んだアバンギャルドなサウンドを展開している、ベルリンの個性派テクノ / エレクトロ・ユニットだ。  ここに御紹介する『Happy Birthday!』は、そんな彼らの約2年ぶりとなるセカンド・アルバム。エレクトロ・ダブ界のカリスマ・ヴォーカリスト、ティキマンことポール・サン・イレール、人形を使ったパフォーマンスで人気のヒップホップ・クルー、パペットマスターズ、アブストラクト・ブレイクスの鬼才、オットー・フォン・シーラーク、フレンチ・エレクトロ / ヒップホップの異端児、TTCなど、ジャンルレスにアンダーグラウンド・ヒーローをフィーチャーしているだけでなく、レディオヘッドのトム・ヨークやマキシモパークのポール・スミスといったロック界のビック・ネームまでもゲストに招いた話題作だ。  このアルバムと、モードセレクターについて、セバスチャン・ツャーリーに話を聞いた。


モードセレクター結成
——もともと二人はヒップホップのDJだったそうですが、それはいつ頃の話ですか?
「'93、'94年頃だよ。プレイしていたのはアメリカ産ヒップホップが中心だったけど、ジャングルもかけていたね。よくかけていたのは、N.W.A.やパブリック・エナミー。それ以前は自宅でDJのマネをしていたよ」 ——ヒップホップDJだった頃に二人は出会っているんですか?
「いやいや、実はもっと前から知り合いだったんだよね。というのも、同じ中学校に通っていたから(笑)。あの頃はまだガキだったし、後輩のゲルノートとツルむことはなかった。でも、僕らは二人ともグラフィティーを描いていたから、ゲルノートのことはアート好きな奴として知っていたよ。で、'94年に、あるDJギグでバッタリ再会して、音楽の話で意気投合したんだ。当時、僕の自宅スタジオには808をはじめとするドラム・マシンが揃っていて、奴が“プログラミングできるよ”なんて言い出したもんだから“じゃ、一緒に音楽つくろうぜ!”って盛り上がっちゃったのさ(笑)」
——それでモードセレクターを結成したわけですね。
「スタジオで一緒に音をつくるようになったのは'97年頃。僕はそれまでファンダメンタル・ノリッジというインストゥルメンタル系ヒップホップ・ユニットでターンテーブルを担当していたんだ。趣味の延長で始めたバンドだったけど、自主レーベルからシングルが3枚出てる。レーベル自体は3年で終了してしまったけど(苦笑)。ゲルノートはイルミナティという、キーボード2人、ドラマー、ターンテーブリストの4人編成バンドでターンテーブルを担当していたよ。彼らも確かシングルを3枚ほどリリースしていたはず。モードセレクターを始動させたのは、ゲルノートと二人でドラム・マシンを駆使してダブものを制作したのがきっかけだったね。ローランド社のエフェクターにモードセレクターという名のボタンがあって、押しながら遊んでいるうちに“モードセレクターってユニット名、カッコいいんじゃない?”って話に発展したのさ(笑)。それで'98年に、ベルリン市内にある青少年クラブで演奏活動を始めたんだ」
——これまで二人は様々なパーティーに遊びに行ったことと思います。何かブッ飛んだ思い出はありますか?
「パーティーには、たくさん行ったよ。一番衝撃的だったのは、初めて行ったラヴ・パレード。確か'95年だったと思うけど、あの頃のラヴ・パレードには素晴らしいDJが出演していたし、アンダーグラウンドなヴァイブがあった。ちなみに僕らは、ラヴ・パレードの開催時期後に、ベルリン郊外にあるビーチで400〜500人の集客を誇るイリーガル・パーティーを毎年オーガナイズしていたんだ(笑)。プレイしていたのはテクノもの。そういえば、ベルリンのTRESORで観たサン・エレクトリックやDJディクソンにもブッ飛ばされたなぁ」

デビューまでの道のり
——モードセレクターのサウンドには、テクノ、ヒップホップ、レゲエ、エレクトロ、ブレイクビーツなど、様々なエッセンスが交じっていますよね。現在のハイブリッドなサウンドは、あなた達のどんなバックボーンから生み出されているのでしょうか?
「僕らは旧東ドイツのベルリン出身なんだ。'80年代の(東西ドイツ統一前の)ベルリンにはロクなレコード屋がなかったから、例えばランDMCのレコードを入手するのも一苦労だった。でも、公共ラジオがなぜか毎週日曜日にヒップホップ番組をオンエアしていて、いつもエア・チェックしていたんだよね(笑)。旧東ドイツのラジオ番組には政治的なものが多かったけど、なぜか日曜日の番組ではダンスやヒップホップものをかけていたんだ。'88年〜'90年頃に録音したカセット・テープは、今でも自宅の地下室にあるよ。で、'91年、ゲルノートと一緒にベルリンのTRESORで開催されたURのライヴでブッ飛んでから、テクノへとシフトしていったんだ。'90年代中盤にはリー・ペリーやルーツ・レゲエ、ダブものをよく聴くようにもなった。ちなみに東西ドイツが統一された'89年当時、僕はまだ15歳だった。現在は32歳。ゲルノートは現在29歳だよ」
——'05年リリースの前作『Hellomom!』でも、多様な音楽性を示し、テクノ・シーンを賑わせましたね。当時の感触はどんなものでしたか?
「ドイツ以上にフランスやイギリスでの評判の方が高かったね。特にフランスではパリやボルドー、はては小さな村でさえ、観客の盛り上がり方がすごかった。TTCが参加していたからなぁ」
——テクノ / エレクトロ・レーベル、BPITCH CONTROLを主宰するエレン・アリエンとはどのようにしてつながったのでしょうか?
「エレンとは'99年に、あるパーティーで知り合ったんだ。そのパーティーで“ねぇ、あなた達のデモ・テープを頂戴”ってエレンから言われたんだけど、ずっと渡しそびれていてね。で、翌年にBPITCHのオフィスと同じフロアに僕らがスタジオをつくったから、毎日エレンに“デモ・テープはどうなった?”って催促されるようになってさ(苦笑)」
——それで、BPITCH CONTROLからデビューすることになったんですね。
「'01年に他界した友人に捧げた『Loving Memory』というEPを、同年に発売したんだ。カタログ番号はBPC-42。あのEP発売後、活動が本格化したんだ」

セカンド・アルバム
——このたびリリースされる2ndアルバム『Happy Birthday!』は、どんなコンセプトで制作を進めたのでしょうか?
「今年の4月に僕もゲルノートも初めてパパになることが判明したから、“ハッピー・バースデーってまさにピッタリなタイトルだな”って話になったんだ。しかも、前作『Hellomom!』に対するパーフェクトな回答になっているだろ(笑)? うちのベイビーは10月7日に誕生予定。ちなみにゲルノートの子供は12月に誕生予定だよ」
——音楽的なコンセプトはありますか?
「う〜ん。特にないんだけど、前作と違って、新作は毎日朝10時から夕方18時までの時間帯に制作したから、サウンドに昼っぽい明るさが宿っていると思う。というのも、制作中に僕らのスタジオをちょうどつくり直すことになって、ゲルノートがガールフレンドと同棲しているフラットで作業を進めたから、ガールフレンドが仕事を終えて帰宅するまでには終らせないといけなかったわけ(笑)。それと、今回は制作期間が前作より短かったから、より生々しくてエネルギッシュなサウンドに仕上がったと思う。前作には2年間も費やしたけど、今回はたった3ヶ月で出来上がったんだ(笑)。音に凝り過ぎなかったせいか、非常にオーガニックな内容になっていると思う」
——アルバム制作中に印象深い出来事はありましたか?
「この3ヶ月間には本当にいろんなことがあったんだ...。実は僕の父が今年の4月に他界してしまってね。もう生きて行けないと思うほど落ち込んだよ。そんな時に、僕のパートナーの妊娠を知り、新たな活力を得たんだ。同時期に生と死に向き合う出来事が起こって、とても不思議な気持ちになったね」

トム・ヨークとの交流
——今作には多ジャンルからゲスト・ヴォーカルを招いていますね。なかでも、トム・ヨークが参加した「The White Flash」は大きな話題となっています。彼とはどんな経緯でコラボレーションすることになったのでしょうか?
「'03年にトム・ヨークがドイツのテレビ番組に出演した時、司会者にお気に入りのバンドを聞かれて、“最近好きなバンドは、エイジアン・ダブ・ファウンデイションとベルリン出身のモードセレクター”って答えたんだ。司会者が“じゃ、モードセレクターは明日から人気爆発ね”と言ったら、トム・ヨークは“いや、それはないでしょ”って言ってたけど(爆笑)。番組のオンエア後、友人達から電話がひっきりなしにかかってきたな(笑)。その後も僕らが新譜を出す度に、iTunesチャートやBBC Radio1など様々な場面で、彼はモード・セレクターの楽曲をピックアップしてくれてたみたい。本当に嬉しかったよ。その後、レディオヘッドのメンバー全員が、ベルリン公演の合間に僕らのスタジオとBPITCHのオフィスに遊びに来るというハプニングがあったんだけど...。そんな時に限って、なぜか僕ら二人は雨が降りしきるロンドンにいたんだよね(爆笑)。みんなはレディオヘッドのライヴに招待されててさ、僕のガールフレンドも行ってきたらしい。で、昨年トム・ヨークの初ソロ作『The Eraser』に収録された「Skip Divided」のリミックス依頼を受けたんだ。仕上がりをトム・ヨークは“最高に気に入った!”とEメールで絶賛してくれたよ」
——そこから制作面での交流が始まったんですね。
「そう。それで、トム・ヨークに僕らのアルバムへのヴォーカル参加を依頼してみたんだ。彼は、即座にOKをくれて、昨年冬にレディオヘッドが新作のレコーディングに入ったタイミングで、この「The White Flash」のヴォーカル部分も録音してくれたよ」
——他に、新作で印象深いコラボレーションとなったものはありますか?
「マキシモ・パークとのコラボレーションだね。昨年末だか今年の頭だかのNMEの表紙を飾ったマキシモ・パークの写真で、キーボード奏者がモードセレクターのTシャツを着ていたんだ(笑)。それで、僕らのマネージメントが連絡したところ、“4月にベルリンでショーケースをやるので遊びに来てください”と招待されて、そのキーボード奏者と会うことができた。彼はマキシモ・パークのメンバーの中でも相当変わったアイディアの持ち主だったよ。その後、僕とゲルノートはインスト曲をマキシモ・パークに送り、彼らは翌5月にヴォーカルを録音した素材を送り返してくれた。で、僕らがそれを楽曲として仕上げたってわけ」
——今作を聴くリスナーへのメッセージは何かありますか?
「今回は特にジャンルを超越した内容になったと自負しているよ。リスナーには“ハイプを信じるな!”って伝えたいね。僕らはアンダーグラウンド性も大事だと思っているから。それと、昨年の日本公演は本当に楽しかったよ。東京、名古屋、大阪の3都市で演奏したんだけど、日本のオーディエンスはものすごくエネルギッシュだったし、ライヴ後にみんなが“ありがとう”ってお礼を言ってくれたのが嬉しかった。今年の11月に再来日の話があがっているから、今から楽しみだね。そうそう、その頃にはもうパパになっているよ(笑)」


interview & text SOICHIRO NAITO
translation KEIKO YUYAMA


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Happy Birthday!

(GER) BPITCH CONTROL / BPC159

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