MUMM-RA
MUMM-RA インタビュー150号
’06年、フジロックのレッド・マーキーに、アルバム・デビュー前にして出演を果たした注目株。それが、ここでご紹介するファイブピース・バンド、マムラだ。UKはブライトン郊外の港町、べクスヒル出身の彼らは、フランツ・フェルディナンドとカイザー・チーフスのマネージメント・チームが送り出す、’07年期待の新人。すでに本国イギリスでは、ザ・ビューやザ・ホラーズと肩を並べてNMEツアーを回り、ザ・キラーズのサポート・アクトも務めるほどの人気となっている。
そんな彼らが、ついにデビュー・アルバム、『ジーズ・シングズ・ムーヴ・イン・スリーズ』をリリースした。YOUTHをプロデューサーに迎えて制作された本作では、三本のギターが絡み合うギター・ポップを軸に、ポスト・パンク、フォーク、エモ、サイケデリックと、幅広いロック・スタイルを展開している。特筆すべきは、それらの楽曲群が持つ、中毒性の高いポップ・センスだろう。
LOUDは、弱冠22歳のイケメン・ギタリスト兼ヴォーカリスト、オリを電話でキャッチ。デビュー作が生まれた背景について話を聞いた。
マムラとは…
――“ザ・~”や“~ズ”という名前のバンドが多い中、マムラはとてもパンチの効いた名前ですよね(笑)。
「ありがとう。マムラって聞いても、どんなバンドか全く先入観がわかないだろ? それが逆に良いと思っているよ」
――名前の由来は何なのでしょう?
「’80年代にイギリスで放映されていたTVアニメの『サンダーキャッツ』に、“マムラ”っていう悪役が登場していたんだ。その冷たい響きがなぜか頭に残っていたから、このバンド名に決めたのさ。悪役の名前がバンド名って、なんだか面白いだろ(笑)。ちなみに、僕らは『サンダーキャッツ』のファンってわけじゃないよ!」
――同じマネージメントに所属している先輩バンドのフランツ・フェルディナンドは、“女の子たちが踊れる音楽をつくろう”というバンド・ポリシーを掲げていましたが、あなたたちのバンド・ポリシーを教えてください(笑)。
「アハハハ。残念ながらフランツみたいにメディア受けするキャッチーなバンド・ポリシーって無いんだよなぁ(苦笑)。あえて言うなら、“僕ら独自の音楽をつくる”という感じかな。次回のインタビューまでには、きちんと考えておくよ(笑)」
――わかりました(笑)。マムラの出身地であるべクスヒルとは、どんなところですか?
「ベクスヒルは、ブライトンから30マイルほど離れた場所にある寂れた街さ。かつては、ヴィクトリア朝の海岸リゾート地だったんだけど、近年はヨーロッパでも屈指の高齢者居住地として知られている。天気の良い日や夏になると、デッキチェアで横になって日光浴している老人をよく見かけるよ。そもそも、そんな街で僕らが生まれ育ったなんて、妙な話だよね」
――都会で育ったバンドと、べクスヒルで育ったあなたたちに、音楽性の違いはあると思いますか?
「ヴォーカルのヌーは、育った環境で音楽性が違うとよく話しているんだけど、僕は大都市だろうと、べクスヒルだろうと、出身地と音楽性に関連はないと思うんだ。だって、バンドを始めるきっかけって“日々の生活に飽き飽きしたから”とか“単純に音楽が好きだったから”っていう、似たようなものばかりじゃない。マムラもそうで、飲酒も運転もできない15歳の悪ガキたちが、純粋にバンドを結成して、音楽を楽しみたかっただけなんだ」
――昨年フジロックで来日しましたが、日本はどうでしたか?
「初めての日本だったけれど、良い意味でカルチャー・ショックを受けたよ(笑)。山に囲まれた非日常的かつ美しい環境で演奏ができたのは、素晴らしい経験だった。集まったオーディエンスのみんなも最高にノってくれて嬉しかったね。それから、オーディエンスのマナーの良さにも驚いたよ! レディングやリーズ、グラストンベリーなど、イギリスのフェスティバルなんて会場がゴミだらけだからね...。一回来てみるとわかるよ(笑)。フジロック後は東京に戻り、高層ビルの最上階で美味しい鉄板焼きを堪能したんだ(笑)」
――あはは。今年の二月までは、ザ・ホラーズ、ザ・ビュー、オートマティックと一緒に
「うん。ザ・ホラーズやザ・ビューのみんなと、サッカー・ボールで遊んだりして楽しかったなぁ(笑)」
――彼らのパフォーマンスから刺激は受けました?
「いや、影響や刺激はまったく受けていない。僕らはそういった若手UKロック・バンドのシーンには、あえて入らないようにしているんだ。このアルバム制作中も、同世代バンドの作品は一切聴かなかったね。比較的新しいアーティストで、よく聴くのはレディオヘッドやシガー・ロス、アーケード・ファイアくらいかな」
苦難を乗り越えたデビュー作
――ではデビュー作の話を聞かせてください。楽曲制作はどのように進めましたか?
「ソングライティングの進め方は曲によって違うんだ。ヴォーカルのヌーがアコースティック・ギターで書いた歌メロとコード進行をもとに、メンバー全員で仕上げていくこともあれば、リハ・ルームでジャムっている最中に、突然曲が生まれることもある」
――あなたはギタリストですが、ギターが三人もいると、意見が衝突することはありませんか?
「通常ギタリストは、自分がやりたいように自由に演奏するけど、僕らの場合は三人で話し合って演奏することが多いから、その心配はないね。それにマムラのギターは、メロディー・ラインを演奏するだけではなく、全楽器をまとめる重要な役割も果たしているんだ。だからお互いの担当するパートを注意して聴きながら、楽曲制作する必要があるのさ」
――なるほど。プロデューサーにYOUTHを起用していますが、彼とはどのようにレコーディングを進めていったのでしょうか?
「彼はアルバム・レコーディング中、ずっと僕らと一緒にいてくれたよ。今回アルバムを録音したのは、彼のスタジオなんだ。都会にあるレコーディング・スタジオって部屋が暗くて、いったい昼だか夜だかわからないっていう場所が多いだろ? でもそのスタジオは、スペインのグラナダ近郊にあって、大自然に囲まれていたおかげで、集中してレコーディングに臨むことができた(笑)。広い窓ガラスから、美しい山々の景色を眺めることもできた。気に入ったテイクが録れなくてイラついたときは、YOUTHと一緒に30分ほど休憩を取って、陽の光を浴びてリフレッシュしたよ」
――気持ち良さそうですね。ところで、彼がサイケデリック・トランス・シーンでも有名なことは知っていますか?
「うん、知っているよ。YOUTHはプロデューサーとして様々なジャンルの作品を手がけているよね。だからこそ、彼と一緒に仕事をしたかったんだ。メンバーとも気が合ったし、今回一緒に組んで大正解だった。僕らって、メンバーどうしで議論している時間が長いバンドだから、もしYOUTHと組まなかったら、アルバムも上手くまとまらず、今だに五人で意見を言い続けていたかもしれないね(苦笑)」
――無事完成してよかったですね(笑)。アルバムでは、どのようなサウンドを目指しましたか?
「このアルバムは具体的な音楽的方向を決めずに、自然とできあがったアルバムなんだ。特別に目指したことといえば、マムラ独自のサウンドを目指したということだね。だから他のバンドと似通った楽曲が生まれた場合は、その場ですぐに捨てた。あとは、曲調の異なる楽曲を収録しているけど、アルバムを通して聴いたときに、一つの作品として一環したムードを保てるように心がけたよ」
――メロディーの“ポップさ”が魅力だと思いますが、それは意識しましたか?
「そうだね。メロディーが命のザ・ビートルズやザ・ビーチ・ボーイズ、それからザ・ローリング・ストーンズなどを聴いて育ってきたこともあって、僕らの音楽で一番大切な要素は、心に残るメロディーなんだ。だから、どんなに激しいロックを演奏していても、“ポップさ”はそこに必ず根づいているのさ」
――なるほど。では、「These Things Move In Threes」をアルバム・タイトルとした意図は何なのでしょうか?
「さっきも言ったけど、マムラはメンバー全員が自由に意見をぶつけ合うバンドだから、アルバム・タイトルもなかなか決まらなかったんだ(苦笑)。最終的に、“アルバム収録曲で、もっともマムラらしい楽曲を選んで、その曲名をタイトルにしよう”ということになって、全員一致でこの曲に決定したのさ」
――“マムラらしい”という部分を具体的に教えてもらえますか?
「そうだね…、とてもパーソナルな話になるんだけど…。“These Things Move In Threes”というフレーズは、一年ほど前に僕らの元マネージャーが他界したことに由来しているんだ。僕らは彼の他界後に、現在の新しいマネージメントへと移っている。その出来事と同時期に、バンドにとって辛い出来事が二つあって、メンバー全員、特にヴォーカルのヌーは、元の精神状態に戻るまで相当の時間を要した。つまり、短期間で三つの悲しい出来事が起きたことを、このタイトルは意味しているのさ。だから、このフレーズには僕らのシリアスな部分が現れていると思う。それと同時に、その苦難を乗り越えてデビュー・アルバムをリリースすることができたという、前向きなメッセージも込められていると僕は思っている」
――深いですね…。それでは最後に、日本のファンへメッセージをお願いします。
「マムラとしては、僕ら独自の音楽を心から楽しんでいる。僕らが自信を持って届けるこのアルバムを、みんなも楽しんでくれるよう願っているよ」

