DIZZEE RASCAL インタビュー/loud117号
ドラムンベース/ジャングル・シーンを通過した、次世代クラブ・ミュージックの急先鋒
8歳の時にはもう、その頃流行っていたドラムンベースに夢中になっていた。
ストリートのリアリティーを伝えるのはもちろんだけど、人々の音楽に対する観念を変えたいんだ。世の中を変えようなんてことは考えてないね。
昨年7月、デビュー・アルバム『Boy In Da Corner』を発表するやいなや、“エミネムに対するイギリスからの返答だ!”とイギリス中のプレスを賑わせたディジー・ラスカル。
レディオヘッド、コールドプレイ、ザ・ダークネスら蒼々たる面々を抑え、史上最年少18歳にしてマーキュリー音楽賞に輝いた次世代クラブ・ミュージックの急先鋒的存在だ。
ベースメント・ジャックス「Lucky Star」でフィーチャーされていることでも、本誌読者にはおなじみかもしれない。 そんな彼のセカンド・アルバムが、この夏早くもリリースとなる。
独特の甲高い声でくり出される弾丸ラップと、ヒップ・ホップ、ドラムンベース、レゲエ、テクノなどの要素を兼ね備えた新型クラブ・サウンドはそのままに、『Showtime』というタイトル通りの実にエンターテイメント性豊かな仕上がりとなっている。歌モノを取り入れるなど、メロディアスな音への挑戦は、ファーストからの最も大きな変化で特筆ものだ。
<フジロック>への出演も果たした彼に、本誌初インタビューを試みた。
―昨年、マーキュリー音楽賞を史上最年少で受賞しましたが、この結果を率直にどう受け止めていますか?
「まさか受賞するとは思いもしなかったから驚いたよ。すごく嬉しかったね」
―賞金2万ポンド(約360万円)のうち半分を子どもたちに寄付したそうですが、それはどんな思いからですか?
「ユース・クラブへ寄付したんだ。昔はよくターン・テーブルを借りたりして、世話になったから」
―残りの1万ポンドはどのように使いましたか?
「それは言えないな(苦笑)」
―あなたはこの1年で目覚ましい成功を収めましたが、毎日の生活や周囲の環境はどのように変わりましたか?
「アンダーグラウンド時代も国内をツアーしたり多忙な毎日だったけど、ここ1年は海外へ行く機会が増えてきた。生活のスピードがさらに早くなったから、今回のアルバムにはかなり集中して取り組んだよ」
―イースト・ロンドンは労働者や移民の多い街で、治安も非常に悪いと言われています。実際、あなたは“小さい頃から、銃撃や強盗、色々なものを間近で目にしてきた”そうですが、そうした環境があなたに与えた影響はありますか?
「ストリートのリアルな様子を歌詞で表現する時の題材になった。俺はガキの頃から音楽に夢中だったから、直接巻き込まれることはなかったけどな。このところ海外へ行く機会が多くなったから、もしかすると今後は歌詞の内容が変わってくるかもしれない」
―あなたは音楽という夢中になれるものがありましたが、それが見つからない若者はどう日常をやり過ごせばいいと思いますか?
「とにかく1つやりたいことを見つけて、自分の全てのエネルギーをそこに集中することなんじゃないかな」
―あなたは3つの学校から退学処分を受けたと聞いているのですが、さしつかえなければその理由を教えてもらえますか。
「あぁ、それは高校時代の話だな。勉強より音楽のことで頭がいっぱいだったんだ。15歳の頃から海賊ラジオでMCを担当するようになったから、仕事と掛け持ちで大忙しだった。最後に通っていた高校には音楽室があったから、休み時間や放課後にビートをつくったり、曲を書いたりしてた。アンダーグラウンド・ヒットの「I Luv U」を制作したのもこの頃。あの曲はちゃんと外部のスタジオでレコーディングしたんだぜ。卒業後はエセックス州にある音楽大学へ通っていたんだけど、すでにその時点でアーティストとしてお金を貰っていたから、大学にいるのが時間のムダに思えて退学した」
―音楽との出会いは? 当時、どんな音楽に勇気づけられましたか?
「出会いはMTVかな。ロックでもヒップホップでも何でも見ていたよ。8歳の時にはもう、その頃流行っていたドラムンベースに夢中になっていた。ビートは早いし、予想もつかないような音が次々と展開されていくから刺激を受けたね。その後、(UK)ガラージやヒップホップも聴くようになったね。特にヒップホップもののトゥパック、ボーン・サグスン・ハーモニー、それからジェイZが大好きだった。ドラムンベースとヒップホップには特に勇気づけられたよ」
―19歳ということで、ドラムンベースやハードコア・テクノ全盛の時代とは関連のない、次の世代のアーティストと捉えていたのですが。
「いいや、海賊ラジオを通してリアルタイムで体験していた。当時のロンドンの海賊ラジオはいつもドラムンベースがかかっていたから、俺はそこで色々な曲を聴いて育ったんだ」
―スタートはジャングルのDJ DIZZY Dとしてだったそうですが、実際そういったシーンに入り浸っていたことはありますか?
「それはないよ。DJ DIZZY Dを名乗っていた頃はまだ13歳で、ベッドルームDJだったから」
―そうなんですか。じゃあ、ディジー・ラスカルを名乗り始めたのはいつ頃?
「14歳の時からこの名前を使っている。もともと俺は、“DIZZY”(=“アホ”、“そそっかしい”)っていうニックネームで呼ばれていたんだが、中学生の頃、教師に“なんてあなたは“RASCAL”(=“悪ガキ”)なんでしょう!”って言われて、それがすっかり気に入っちまった。ニックネームの“DIZZY”と“RASCAL”、2つを合わせて“ディジー・ラスカル”にしたんだ。」
―レコーディングにはプロ・トゥールスを使っているということですが、作業はほとんど1人でやるんですか? 前作『Boy In Da Corner』からほぼ1年でのリリースですが、制作期間はどのくらいかかりましたか?
「昨年の6月から曲を書き始めて、数ヶ月前にレコーディングが終わったから1年弱だな。粗っぽさを残したいから、あまり機材を駆使し過ぎないようにしているよ。『Boy In Da Corner』は全部1人で作業したけど、今回は外部のプロデューサーが4、5曲手がけてくれた。他人が手がけたビートっていうのもまた新鮮で、新しい見方ができて良かったと思う。それに、歌詞を書くことに集中できたしね」
―歌詞には、実際のあなたの日常生活が反映されているのですか?
「すべてが俺の日常生活に関することじゃなくて、中には言葉遊びのような、音楽の楽しさを伝えるような歌詞もある。机に向かって考えるというよりは、つくったビートを聴いている時に突然閃くことが多いね」
―各曲のモチーフをそれぞれ教えてもらえますか。まず、M1「Showtime」から......
「これはアルバムのオープニングを飾るイントロ。ドラムンベース調に展開される曲で、イースト・ロンドンで生まれ育った俺の、これまでの人生について歌った曲。「Stand Up Tall」はビートは俺じゃなくて、アンダーグラウンドのガラージ・シーンで活躍しているプロデューサーが手がけた。「Everywhere」はファンキーなビートが効いた、フロウがテーマとなる曲。歌詞はほとんどが“言葉遊び”。「Graftin'」、これはロンドンの荒っぽくて慌ただしい生活を描いた曲。「Learn」はDJ TAZがビートをつくって、今までで一番ヒップホップ色の濃いナンバーになった。リリック的には“言葉遊び”的な要素が多いかな。ストリートのヴァイブが感じられる1曲だと思う。「Hype Talk」は俺に関する噂話やデマをテーマにした曲。エレクトロ調のビートに合わせ、ワン・テイクで録音した。「Face」は自分のメンツを保つために人を利用するヤツらをテーマにした曲。音楽業界についても触れている。「Respect Me」、これはすでにアンダーグラウンドで話題となった曲なんだ」
―M9「Get By」では初めて歌を取り入れていますよね。
「昔からやりたかったんだけど、機会がなかったんだ。リリックだけじゃなく、メロディーも自分で書いたよ」
―この曲に限らず、前作と比べてよりメロディアスになっていますね。その点は意識しましたか?
「ああ。前作はデビュー・アルバムだったから、初めてのことばかりで全てが賭けだったけど、マーキュリー音楽賞も受賞してうまく行ったことだし、ディジー・ラスカルは歌モノもできるんだぜ? っていうことをここで証明したかった。ゲスト・ヴォーカルの子は友人を通じて前から知り合いだったけど、まさかシンガーだったとは知らなかったんだ。歌っていることをミックス・テープで初めて知って、今回彼女のために曲を書いて歌ってもらった。内容は希望について歌ったもの。「Knock, Knock」はハードコアで、俺らしさが出た曲だと思う。イメージ的には映画の“Warriors”ってとこかな」
―「Dream」は、ダムドのベーシストだったキャプテン・センシブル「Happy Talk」のリメイクですね。
「2年前に初めてこの曲を聴いて、サビの部分が気に入ったんだ。いつかリメイクしたい、って考えていた。まぁ、こういうことをやるのは賭けに近いんだけどな。リリックは俺の自伝的な内容だよ。「Girls」はパーティー・トラック。フィーチャリングのマーガ・マンはコミカルなヴァイブのあるヤツだよ。俺のマネージャーの紹介で知り合ったんだ。「Imagin」、これはハーモニー豊かなポエティックなナンバー。想像力を大事にして広い視野を持ち、自分の目の前にやってきたチャンスを逃すな、というメッセージの曲。とにかくポジティヴなヴァイブを持って欲しいんだ。「Flyin'」はクラブで楽しめるようなドラムンベース調のナンバーで、「Fickle」は音楽業界に関するナンバーだね」
―ベースメント・ジャックスの『Kish Kash』に参加していましたが、コラボレーションはどうでしたか?
「すごかったね。ベースメント・ジャックスほど有名な人とのコラボレーションは初めてだった。どうやら俺がサウス・ロンドンでやっていた海賊ラジオの番組を聴いていたみたいだね。俺はイースト・ロンドンのラジオ局だけじゃなくて、ノース・ロンドンやサウス・ロンドンの局でも仕事をしていたんだ。ビートは彼らが書いて、歌詞は俺が書いた。いいコラボレーションになったよ」
―ここ数年でUKヒップホップ~ガラージ・シーンがにわかに熱くなっていますが、あなたはその流れをどう感じていますか?
「確かにかつてないほどにアツいね。若いヤツらがたくさん出てきて競争が激しくなってきているから、いいことなんじゃないかな。前作に収録した「Jus A Rascal」で俺が共演したDef Jam UK所属のTAZは、特に才能のあるアーティストだから、ぜひチェックして欲しい」
―同じUKのザ・ストリーツや、ソー・ソリッド・クルーに共感やシンクロを感じますか?
「ソー・ソリッド・クルーの全盛期は終わったな。彼らが出てきた時はアンダーグラウンド・シーンにいるアーティストたちに希望を与えたと思うけど、当時と比べたら彼らのつくる音楽は力がなくなった。ザ・ストリーツはこれからもずっと残っていくアーティストだと思う。海賊ラジオで仕事をしていた頃、デビュー当時の彼の曲を初めて聴いた時のことを未だに覚えているよ。出身地は違うけど一緒にツアーをしたこともあるし、ザ・ストリーツの音楽には共感しているね」
―アメリカのヒップ・ホップに共感する部分はありますか?
「ストリートに根ざしている部分には共感している。今でもジェイZは大好きだ」
―最後の質問です。あなたの音楽はロンドンのストリート・ライフを描写しているわけですが、あなたは音楽を通じて現実の世の中を変えてやろうと思っていますか? それとも、ストリートのリアリティーを伝えるところまでが自分の音楽だと思っていますか?
「ストリートのリアリティーを伝えるのはもちろんだけど、人々の音楽に対する観念を変えたいんだ。世の中を変えようなんてことは考えてないね」
interview & text 石井晶穂
translation 湯山恵子


