DJ MARKY インタビュー/LOUD116号
DJ MARKY × DJ AKi ブラジルのNo.1 DJはドラムンベース・クリエイター!
DJマーキーことマルコ・アントニオ・ダ・シルヴァは、28歳になる、サンパウロ出身のドラムンベースDJ/クリエイターだ。
ドラムンベースのメッカとされるロンドンから5.000マイルも離れた場所において、彼はボサ・ノヴァやジャズ・ボッサを取り入れたプレイで、それまでこの手の音楽にあまり馴染みがなかったブラジルの人達を熱狂させていた。その斬新なDJスタイルは、'97年にサンパウロを訪れたシーンの重鎮、ブライアン・ジー、ブルドーザー・レーベルのオーナー、エド・ヴァン・ブルドーザーをもすぐ虜にし、彼はブライアン・ジーが主催するドラムンベース・シーンの登竜門的なイベント
現在は
DJ MARKY: 自分や周りの人達をハッピーにさせる音楽をつくりたい DJ AKi: 今までのドラムンベースとはちょっと違うものではあるんだけど、マーキーらしいサウンドに仕上がっているね
DJ AKi(以下A)「マーキー、僕はこの雑誌でレビューを毎月載せているんだよ。
この月(LOUD No.113)のトップ1に選んだのが、君のアルバムからシングル・カットされた「Breeze」なんだよ」
DJ MARKY(以下M)「イェーイ! とても嬉しいよ! 僕の曲以外には「China Blue」(D BRIDGEの曲)もレコメンドしているね!」
A「そうだよ。「China Blue」は好きかい?」
M「大好きな曲だよ!」 ―二人とも好きな曲のテイストが近いようですね。では、そもそもドラムンベースにハマっていったのはいつ頃、どのようなキッカケからですか?
M「'91年頃じゃないかな? その頃はハードコアなブレイクビーツ、プロディジーの初期やSL2なんかを聴いていたんだ。'92年頃にはレコード屋で働いていたんだけど、その時にブギー・タイムズ・トライブの「The Dark Stranger」を聴いて、そこからドラムンベースにハマっていったんだよ」
A「僕は'95年くらいからかな。その当時働いていたカフェの同僚にダラというアメリカ人のDJがいたんだ。彼はジャングルをプレイしていて、これに衝撃を受けて僕もDJを始めたんだ。しばらくして彼は“ブレイクビーツ・サイエンス”(編注: '96年ニュー・ヨークにオープンした、アメリカで最初のドラムンベース専門のレコード・ショップ。ちなみにこの日本店が東京・原宿にある)というレコード屋を始めたんだよ」
M「ひょっとして君はニュー・ヨークに住んでいたことがあるのかい?」
A「うん。7年間住んでいたんだ。その時僕は“ブレイクビーツ・サイエンス”で働いていたんだよ」
M「“ブレイクビーツ・サイエンス”で働いていたって!?.....それは驚きだ!」
―共にレコード店勤務を経て現在DJとして活躍しているのですね。その点では常にシーンの動向を見てきたと思うのですが、現在のシーンをどう捉えていますか?
M「毎日のようにシーンは変化しているし、新しいアーティストが登場しているんだ。そこから違うフレイヴァーがどんどん取り入れられていて、この音楽は日々進化を遂げているんだよ」
A「本当、その通りだと思うよ。どんどん変わっている。ジャジーなものであったり、ハードなものであったりと、色々なスタイルが出てきているよね」
M「だけどシーンの動きがとても早くなり過ぎている分、聴いている人達にとって、この音楽が今後どのように動いていくのかを予想するのはとても難しい状況になっていると思うよ。その中でAKiと僕は常にベストなものを取り入れてプレイしているよね!」
―マーキーが発するサウンドはよく“ブラジリアン・フレイヴァー”と形容されていますよね?
M「そうかい(笑)?」
A「マーキーはブラジル出身だし、ブラジルの音源を使って曲をつくっていたりするから、そういった部分からは確かに“ブラジリアン・フレイヴァー”というものを感じると思う。ただ、DJに関して言えば、ブラジル人だからこういったプレイができるとかそういうのじゃなくて、人種を超えたところでDJマーキーにしかできないサウンドというのがあると思うよ」
M「僕は“ブラジリアン・フレイヴァー”というのはあまり意識せず、他とは何か違うものをつくりたい、というのを基本に音楽をやっているんだ」
―“他とは違うもの”というのは?
M「ブラジル音源をサンプリングで使うにしても、例えばタンボリン(編注: 直径16センチ程の胴が浅い小さな太鼓。タンバリンから鈴を取ったような形をしており、おもにブラジルのサンバで使われている)やバンデイロ(タンボリンに似た打楽器で、低音、中音、高音等の音階を一個で奏でることができる)といった、いかにもブラジルって感じの音はあまり使いたくないんだ。どっちかっていうと、多彩な音色をパーツとしてミックスする方が好きなんだよ。だからそういった意味では一般的なイメージで言うところの“ブラジリアン”という感覚とはちょっと違うと思うんだ。根本には自分や周りの人達をハッピーにさせる音楽をつくりたいというのがあるんだよ」
―ではアルバム『In Rotation』でも“人をハッピーにさせる音楽”というのが前提にあるのですね?
M「そうそう、その通りだよ! それともう一つ、どこで聴いても楽しめるものを目指してこのアルバムをつくったんだ。家の中、ガールフレンドやボーイフレンドといる時、車の中、クラブ、それからトイレでもね(笑) あと、僕はアニメからインスピレーションを受けることが多いんだ。例えば「Tijuana Frogs」は“ピンク・パンサー”に出てくる蛙の名前なんだよ。僕は“ピンク・パンサー”が大好きなんだ! ドラムンベースのクリエイターは、“マトリックス”のようなSF映画からインスピレーションを受けて制作する人が多いんだけど、僕や一緒に制作をしているXRSは、もっと日常的な楽しいこと、例えば気分が良い時は二人でウィスキーを飲みにいってガンガンに酔っぱらったり、レストランにおいしいものを食べに行って楽しんだりと、そういったことがインスピレーションの元になることが多いんだ」
A「2年前にマーキーが来日した時、“これからはトラック制作に集中したいんだ”と言っていたけど、短期間でこれだけの曲をつくったというのにまず驚いたよ。歌ものが結構多かったり、曲調がそんなにハードじゃない分、ドラムンベースを知らない人達でも聴きやすくて、入っていきやすいアルバムなんじゃないかな。こういったアルバムを制作することは今後シーンが発展していくためにもとても重要なことだと思うよ。今までのドラムンベースとはちょっと違うものではあるんだけど、マーキーらしいサウンドに仕上がっているね」 M「まったくその通りだね。シーンを大きくするためには、こういった幅広くアピールできる曲をつくっていくことが必要だと僕も感じているよ」
―ちなみに、二人で曲をつくる話はありませんか?
M「もちろんやってみたい! 制作は日本でやりたいな。滞在している間、WOMBでDJができれば言うことなしだよ(笑)。日本は良いね! いつも行くのが楽しみなんだ。特にWOMBのサウンド・システムが気に入っている。すごくファットだよ! それに何より一番いいのはお客さん達の反応! みんな音楽を聴いてハッピーな気分になっているし、フレンドリーな人が多いよね」
A「うん。日本のシーンが確実に大きくなってきたな、というのを実感しているよ。今回は<06S>の3周年ということでマーキーにDJをしてもらって、結果的にお客さんも1.000人くらい入ったんだけど、当初パーティーを始めたときは“1年続けられないかも”と思った程、厳しい状況だったんだ。それを乗り越えてシーンが形になってきた要因として、この音楽にあまり接したことがなかった一般の人達にもドラムンベースの魅力が伝わったんだな、と思うよ」
M「それはとても良いことだね! 日本ではクラブに来る目的で“DJを見て良い音楽を聴く”というのが一番にあるよね。他の国ではラウドな音楽であれば何でも良い、なんて人が多いんだけど、日本ではそういったことがないね。だから日本でプレイすると僕もハッピーな気分になることができるんだよ。昨日ガールフレンドに電話したんだ。“もしかしたら東京に引っ越すかもしれない”ってね(笑)。まあ、今年中にもう一度日本に戻ってくる計画があって、今マネージャーと調整中なんだよね。みんなには楽しみにしていて欲しい。それまでの間、是非『In Rotation』を聴いてエンジョイして欲しいよ」
interview & text: 高橋 亮


