FATBOY SLIM

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FATBOY SLIM インタビュー/LOUD138号

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FATBOY SLIM プラネット・アース級DJが送り出した、愛と感動のスマイル・ビート

 彼がファットボーイ・スリムを名乗った当初、誰がビッグビート旋風を巻き起こし、さらには数万、いや時には数十万単位の聴衆を相手にDJを行う人物になると予想しただろう?
あのときから10年、ファットボーイ・スリムことノーマン・クックが、ベスト盤 『グレイテスト・ヒッツ(Why Try Harder)』をリリースした。
 本作は言わずもがな、「The Rockafeller Skank」「Praise You」「Everybody Needs A Carnival」など、ファットボーイ・スリムが送り出したヒット曲のオンパレードだ。
各年代から均等に選曲された楽曲に、リード・シングル「That Old Pair Of Jeans」など新曲2曲を追加、さらにリミックス・ワークからも2曲を収録した内容となっている。
ちなみにそのリミックスは、コーナーショップ「Brimful Of Asha」とグルーヴ・アルマダ「I See You Baby」。数あるファットボーイ・スリム・リミックスの中でも特に人気の高いトラックだ。
 膨大なレコード・コレクションの中から選りすぐったサンプルを、彼ならではのセンスで切り刻み、さらにTB-303のビキビキ発信音やスクラッチ音を加えて、パワフルかつキャッチーなパーティー・ブレイクビーツに仕立て直した、時代を制覇するに相応しいアイディアやユーモアが詰まったトラックの数々は、痛快な魅力を持ったものばかり。近年の彼が見せる大人の渋みが加わった、楽曲性の高いトラックの数々も非常にチャーミングだ。
 そのキャリアの軌跡を存分に楽しめる本作について、ノーマン・クックから話をきいた。



―今回ベスト盤を出そうと思った理由を教えてください。
「10年という時間、四作のアルバム、そしてこれだけのヒットが揃っていれば、そろそろ良い時期かなと思ったんだ。がんばった分の見返りだね(笑)。当初レコード会社からの提案を聞いたときは、まだ早いんじゃないかって思ったよ。だけど選曲に取りかかってみて、この10年間で自分がどれだけのことをやってきたのか気づかされたんだ。最近は別のプロジェクトも手がけたりしてるから、時間をかけてニュー・アルバムを出すより都合も良かったしね」
―選曲や曲順は、どのようにして決めたんですか?
「どの曲が収録されるべきかというより、どの曲が入らないかという考え方でやってみたんだ。順番に関しては、僕が決めていたら単に年代順になっていただろうね。最初のシングル「Santa Cruz」から始める形にね。でも今作は、単純に人気があった順で上から並んでいるんだ。最後には新曲も二曲収録した。この方が一定の流れができるし、“この順番は間違っている”なんて心配をしなくてもいいのさ。そもそもベスト盤なんだから、普通は一番ヒットした曲を最初に聴きたいだろ?」
―新曲について教えてください。
「「That Old Pair Of Jeans」は、古典的ファットボーイ・スリムの領地を再び訪れるような曲だね。僕の友達が「レット・イット・ビー・フリー」という古いレコードをかけて、“これでトラックをつくるべきだ”って提案してくれたんだ(笑)。もう一曲の「Champion Sound」は、今後のファットボーイ・スリムの予告編だよ。ラティーフ(『パルーカヴィル』収録の「Wonderful Night」のヴォーカリスト)が偶然ハウス・ミュージックのレコードを間違ったスピードでかけてしまったとき、それがすごく良く聞こてね。そこから発展させたのさ。新曲を制作するにあたっては、いろいろと考えたよ。(僕の)昔のサウンドを再び訪れるか、それとも全く新しいことをやってみるか、迷ったね。だから結果として、一曲は古典的サウンドに、もうひとつは新サウンドになったんだ」
―ジャケットで、あの“ファットボーイ少年”に羽をつけて天使にしてしまうアイディアは、誰が考えたんですか?
「僕だよ。あのアルバム(『ロングウェイ・ベイビー!!』)は最も成功した作品だし、少年もアイコン化していた。だから聖者にしてやろうって思ったんだ。片手にタバコを持ってるけどね(笑)。でも、そこにも矛盾があってイイんだ」
―ちなみに、あの少年は一体誰なんですか?
「いまだに分からないんだよ。新聞で見かけたあの写真が僕を笑顔にしてくれたから、写真の権利を買い取ったんだけど、フォトグラファーが一体誰かも分からないんだ。あの子からも連絡がないしね。あの写真は1985年に撮影されたものなんだけど、ぜひ“僕です”と、名乗り出てきて欲しい。お金をあげるし、仕事もあげるよ(笑)」
―ははは(笑)。今回収録した曲の中で、あなたにとって特に印象深いものをいくつか教えてください。
「1曲目の「The Rockafeller Skank」だね。なぜなら僕を全く違うマーケットへと導いてくれた曲だし、曲自体もイカれていて、向こう見ずな感じがあるから。あと13曲目の「Demons」は、他の曲と比べて特にヒットしたわけじゃないけど、個人的には好きだね。大ヒットすべき曲だった。あれはリリース・タイミングを外してしまったから、うまく行かなかったんだ。メイシー・グレイがヴォーカルで、それこそこのベスト盤を聴いて、“あぁ!これはいい曲だったな!”って思うような曲だ」 ―これまでに様々なアーティストとコラボレーションをしていますが、まだ実現できていないコラボレーションはありますか? 「僕は、常にアル・グリーンを挙げているんだ。彼は僕が最も好きなシンガーだからね。本当に素晴らしいソウル・ヴォイスを持っている。もう神の人で、今やアル・グリーン牧師だ。いろいろなところで“コラボレーションをしたい”と発言して、マネージメントとも話をしたんだけど、いつも“うん、もしかしたらね”なんて言われちゃうんだ(笑)。たぶん誰かが彼に、僕がどれだけ罪深い人間かチクったんじゃないかな」
―ファットボーイ・スリム・サウンドのベースにはサンプリングがありますね。これまでは、どんな風にして素材を見つけてきたんですか?
「アルバム制作の初期段階で、ロスやニューヨークの中古レコード屋に行って大量のレコードを一枚49セント(約50円)で買いあさるんだ。その一枚一枚を聴いて、笑えるヴォーカルやメロディを見つけるのさ(笑)」
―サンプリング権利のクリアランスはどのようにしているんですか?
「弁護士。多くの弁護士だ。自分たちの弁護士と、サンプリングをしたい人の弁護士...。最近はサンプリングを専門とする弁護士がいるんだよ。というわけで、サンプリングをする曲側と協定をするんだ。場合によって、高額だったりそうでなかったりする。時々レコード会社からは、“もう自分で払えば? そのほうが助かるんだけど”なんて言われたりするんだけど(笑)、そんな時は“そうだね、だけど君の楽しさが半減しちゃうから”って返すんだ」
―これまでで最も高額なサンプリング契約は、どんなものでしたか?
「サンプリングで最も高額だったのは、そのサンプリングによってでき上がった曲のロイヤリティを100%払う、というものだったね。もし100%以上払うというケースが存在するなら、それでもしっかり払ったと思うけど(笑)。例えば「The Rockafeller Skank」の場合は、四つのサンプルをクリアにしなきゃいけなかったんだけど、それぞれから“ロイヤリティの40%か50%”なんて提示をされてしまった。で、“待てよ、分配できるのは100%しかないぞ”ってなってね(笑)。結局“それぞれ25%ずつ”ということになった。僕の取り分は全くなかったね」
―ファットボーイ・スリムとして、すでに4枚のオリジナル・アルバムをリリースしています。無人島に持っていくとしたらどの作品を選びますか?
「自分のアルバムを選ぶくらいなら、何も食べないで死んだほうがましだよ(笑)。無人島で独りぽっちになってしまうだけで最悪なのに、そのうえ自分の作品を聴くなんて...。もし自分のアルバムを持って行ったら、それを使って自分の首を切るよ(笑)。自分のじゃなかったら、ビートルズの『アビー・ロード』だね。史上最高のソングライター達による、史上最高のポップ・アルバムだ。その(アルバムをつくる)時点で、ビートルズの解散は目に見えていたんだけど、まだ出していない大量の曲が存在していたから、四枚分のアルバムを一枚に凝縮したようなものになっているんだ」
―それでは、せっかくの機会ですので、ファットボーイ・スリムにまつわる出来事や思い出を振り返ってもらいたいと思います。まずは、バンド活動からDJ活動へ移行した理由を教えてください。
「フリークパワーは七人編成のライブ・バンドで、みんなで一生懸命にツアーしていたんだ。ある時スイスのイベントで、僕たちのバンドとB.B.キングやレッド・ホット・チリ・ペッパーズが一緒になった。そんな中、その年にビッグだった僕たちがヘッドライナー扱いで、レッチリのデイヴ・ナヴァロやB.B.キングの後に演奏したんだ。僕には、それがとっても不適切なことに思えた(笑)。僕は、世界一のギタリストやベーシストじゃないからね。で、別の機会に僕がDJをしたとき、みんなが心底楽しんでるのを見て“ちょっと待て、もしかして僕は間違った職についてしまったんじゃないか?”って思ったんだ。バンドやそれに伴うクルー、スタッフと一緒にツアーするよりも、一人でレコードをかけた方が多くの人達を楽しませることができるって気づいたのさ(笑)」
―再びバンドをやることはありませんか?
「おそらくないな。僕にはDJとしての才能の方があるから...。ライヴ・ミュージシャン達と仕事をするのは素敵だけど、僕にはもう体力がないよ(笑)。20年もやったことだし、サウンド・チェックやリハーサルをやったり、酔っ払って狂ったドラマーなんかと一緒にやるには、もう年だと思う」
―世界の頂点に立つDJになることができたのは、なぜだと思いますか?
「僕はパーティーが大好きで、観客よりも楽しんじゃったりするから(笑)、それがよかったのかな。多くのDJは、DJセットの間、ほとんどレコードしか見ないだろ。だけど、僕はいつも観客に向かって踊ったり飛び回ったりしている。どれほど大きなライヴでも、僕は観客よりライヴを楽しんでるのさ(笑)。観客もそれに気がついてると思うし、それが伝染するんだよ」
―ブライトン・ビーチのパーティーで、25万人の観客を前にしたときは、どう感じましたか?
「半分は得意気だった。自分のホームタウンでプレイして、そんなに多くの人が集まってくれたからね。残りの半分は、恐怖だった。なぜなら、想像以上の人数になっていたから。真剣にみんなの安全を考えたよ。帰らせるわけにもいかないし、監禁に匹敵する状態の大量の酔っ払いがいるわけだから。だけど、運良くケガ人は出なかった。あれだけの人達を盛り上げるのは本当に大変だったな。“コントロールできますように”って願っていたよ。DVD化された映像を観ると、僕が観客をちらちら偵察しているのがわかるはずだ。次のレコードを選んでいるところでは、心配しているのがバレている(笑)。最後の30分は、観客も警察も何かを叫んでいる、そんな感じだったよ(笑)」
―どのようにして正気を保ったのでしょう?
「特に保っていなかったと思う。僕の職業では、多少の正気は健康だと思うけど、“普通”でいることで人々を興奮させたり目立つことはできないよ。僕の仕事は、“普通”でいないことなのさ。僕は、狂っていたわけではないけどエキセントリックだった、というのが正しいかな」
―今までやったなかで、最高のライヴを教えてください。
「最高だったのは、第一回目のブライトン・ビーチ・パーティーだね。果たしてちゃんと成功するのか、一体何人の人が足を運んでくれるのか全く想像のつかない中、6万5千人もの人が集まってくれた。僕の地元だし、天気も良好だったし、観客からの愛情も感じた。ブライトンの人は、僕がロンドンに移り住むことなくブライトンに居住してることもあって、僕のことを誇りに思ってくれている。その気持ちを表しにパーティーへ来てくれたんだ。子供まで連れてきて、みんな笑顔で踊ってくれた。故郷に戻った誇りと勝利を感じたね。“君は僕たちの仲間だ、そして僕たちは君を誇りに思う”的なね」
―では、最悪のライヴは?
「最悪だったのは3年か4年前の上海公演だ。プレイしながら、警察や銃を持った兵隊とバトルしたよ。彼らはダンス・ミュージックを全く理解してくれなくて、伝言ゲームみたいに“お願いだからスローな曲をかけてください、観客が興奮しすぎています”ってやって来てね(笑)。“人々を興奮させるのが僕の任務なんだ”って答えたら、“みんなが落ち着けるように10分間だけ止めてもらえますか?”って言うんだ。“僕は仕事中なんだよ。任務を果たすためにここにいる。誰かが僕の頭に銃を突きつけて止めろって言うなら音楽を止めるけど、それまでは与えられた任務を果たす”って返したら、その答えが“よろしければ頭に銃を突きつけますけど”だったから、その時点でターンテーブルの電源を落として、その場を去ったんだ。で、何分か隠れていたら、パフォーマンス再開の許可が出て戻ったんだけど、その頃には観客が半減していた」
―近年のダンス・ミュージックに関して、良い点と悪い点を教えてください。
「若者の夜遊びは、時代に関わらず普遍的なものだ。いつの時代も、若者は外に出て酒を飲んで異性、時には同性との出会いのために、楽しくパーティーをしたいんだよ。ダンス・ミュージックが、そのサントラになっているというのが良い点だね。だから、人々を笑顔にして踊らせるという僕たちの職業は、これからも存在する。何百万枚も作品が売れなくとも、僕たちには永遠に仕事があるんだ。チャート・ヒットが出るのは、オマケみたいなものだよ。今の僕たちはチャートに登場するほど優れたことをしていないしね。悪い点は、僕たちが自己満足してしまい、新しいことに挑戦しなくなったことだ。ホワイト・ストライプスやストロークスは、そんな時に僕たちよりも優れたことをしていたんだ」
―では最後の質問です。ベスト盤で活動に区切りがつく形となりますが、今後アーティストとしてチャレンジしていきたいこと、目標を教えてください。
「ベスト盤をリリースするにあたって最も素晴らしいことは、二年くらいのオフがもらえることだ。その間に他のことができる。というわけで、僕は今、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンとミュージカルを書いているんだよ。ミュージカルの題材は、『イメルダ夫人』(編注:故マルコス大統領の妻)。若い頃の僕にとってデヴィッド・バーンは音楽的ヒーローだったから、一緒に仕事ができて最高だよ。あとは映画のサントラも手掛けている。キューバで現地ミュージシャン達とレコーディング作業をしているんだ。この十年で四作ものアルバムをつくったから、ファットボーイ・スリムを二年くらい休憩してノーマン・クックに戻り、全く別のプロジェクトをやってもいいんじゃないかと思っているよ。長期的な目標は、特にないな。音楽業界で活動するということは、その時起きていることへ反応するということだ。だから、みんなが良いと言い続けてくれるよう、僕は活動し続けていきたいね」