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ノーマン・クックがTHE BPAについて記者会見を開催!

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 ノーマン・クックが、噂のプロジェクト、THE BPAについて8月8日に記者会見&試聴会を行いました。

 THE BPAは、ブライトン・ポート・オーソリティの略。25年前から'90年代にかけて、断続的にレコーディングを続けていたというプロジェクトで、このたびその紛失していたマスターテープが発見され、リリースされるということです。(信じるかどうかは、おまかせします...)

 中心メンバーは、ノーマン・クックとサイモン・ソーントン。ゲストにはデヴィッド・バーン、ディジー・ラスカル、ジェイミー・T、イギー・ポップ、アシュレイ・ビードル、ジャック・ペニャーテ、ケイジドベイビー、オリー・ハイト、エミー・ザ・グレート、ジャスティン・ロバートソン、ラティーフ、、ピート・ヨーク、コナンといった面々が名を連ねている模様

 アルバム『We're Gonna Need A Bigger Boat』は2009年1月発売予定で、先行シングルはデヴィッド・バーン、ディジー・ラスカルをフィーチャーした「Toe Jam」。他に現在公開されている、イギー・ポップをフィーチャーした「He's Frank」はモノクローム・セットのカバーです。試聴会では、このほか数曲が聴けましたが、それらはすべてブレイクビーツをベースにしたダビーな歌ものでした。

記者会見要旨は以下のとおりです。(禁転載)

ーTHE BPAにはコンセプトがあっったんですか?
「音楽が先にあったんだ。コンセプトはなかったね。ただ楽しんで音楽 をつくってただけ。売り方がよくわからなかったので、とりあえず裸の女性をPVに使ってみたりしたよ。リリースのやり方は、まだ考え中なんだ」

ーTHE BPAを新しく始めたきっかけは何だったのでしょう?
「これは新しいプロジェクトじゃなくて、過去20年間、周りにいる人たちと一緒にやってきたプロジェクトなんだ。最近はファットボーイ・ スリムとして忙しかったけどね。そうこうしているうちに、僕のエンジニアがマスターテープを見つけてきて、「これ出したら?」ってことになったんだよ」

ーこのプロジェクトはユルい感じですが、彼らが参加するようになった経緯を教えてください。
「ほとんどの人は友達で、僕の家のまわりにいたんだよ。一緒に飲んで騒ぐ仲だ。僕の家にはスタジオがあるから、「じゃあ一曲やってみるか」って感じだったよ。で、それを録ったテープが発見されたってわけ。ビーチ・ボーイズの未発表作品が発見されたって感じだったよ」

ービデオがおもしろかったんですが、これはスパイク・ジョーンズのような有名な作家がつくっているのでしょうか?
「キース・スコフィールドは新しいスパイク・ジョーンズだよ。スパイク・ジョーンズのような感性を持っている」

ーレコーディング・セッションで一番気をつかったことは何ですか?
「特にないね。どうやってレコーディングしたかとか、忘れてしまったよ」

ーたくさんのテープから、使う部分を切り取った基準を教えてください。
「よければよい、ってことだね。中には、あまりよくない部分もあったから。ミック・ジャガーとは、スゲー酔っぱらったときにセッションしてね。アルバムに入れたかったんだけど、やめにしたんだ」

ーBPAをやっていて、誰かを困らせたことはありましたか?
「ファックて言葉を使ったぐらいかな。そんなことは、なかったと思う」

ー「Toe Jam」って、どういう意味なんですか?
「足の指の間にたまる垢のことだよ。歌詞はデヴィッド・バーンが書いたんで、正直言って何のことかよく分からないんだ。響きは、よく聞こえるけどね」

ーモノクローム・セットの「Hes Frank」をカバーしていて驚きました。
「あの曲はずっと、ずごい好きだったんだよ。たしかシングルのB面だったんだよね。いつか何かの形でやりたいと思っていたんだ。このアルバムにはたくさんの驚きが詰まっているけど、これはその一つだね。ジャック・ペニャーテが、ビデオ通りギターを弾いているよ」

ーPVに女性の裸が出てくるのは、あなたのアイディアですか?
「もちろん僕のアイディアだよ。男も出せって監督に言ったんだ。性差別主義者には、なりたくないからね。アイディアがどこから出てきたかは分からないな、アホっぽいよね。楽しいからやったんだ」

ーPVで、あなたのアソコは大きなバーで隠されていましたが、それほど大きいものじゃないと隠しきれないのでしょうか?
「ビデオ出演者が一番大きなバーをつけることになっているんだよ。すべてお金のためさ(笑)」

ーレコーディングはハウスマーティンズの活動と並行して行っていたのでしょうか?
「そうだね。1972年頃からだから」

ーディジー・ラスカルやジャック・ペニャーテは、その頃何歳だったのでしょう?
「レコーディングのときには、まだ生まれていなかった人もいるね。ブライトンのレコーディングをした倉庫にはワームホールがあって、それで時空を超えることができたんだ。警察が麻薬捜査で踏み込んできたときは、そこからしょっちゅう逃げてたね。でも、自分たちの身内を逮捕させたりもしてたな。それで経費が削減できたから(笑)」

ーライブはやるんですか?
「やらない。アルバムに参加している半分くらいの人は参加したことも忘れてるから。死んじゃってる人もいるし」