M.I.A インタビュー/LOUD127号
幸せな“リアル・ライフ”に向けて
ヒップホップ、ラガ、エレクトロを取り入れた独特のサウンドで、ディジー・ラスカルやベースメント・ジャックスを輩出したUKの名門レーベル、XLからデビューしたM.I.A.。アートデザイナーとして知られていた彼女が音楽活動を始めたのは今から2年前のことだった。業界のコネクションをフルに生かしたラッキー・ウーマンと誤解されがちの彼女だが、実際はかなりの努力家で、プロデューサーを務める元PULPのスティーヴ・マッキーや、ツアーDJのディプロといった協力者を、直接口説いてきた。 そういった人生を切り開く強さは、特殊な生い立ちから得たのだろう。現在はロンドン在住の彼女だが、もともとはスリランカからの亡命者で、幼い頃から沢山の暴力、抗争を目の当たりにして育っている。生き抜く為の術を身に付けたのは、必要に迫られてのことだったに違い無い。そもそも、M.I.A.というアーティスト名は、Missing In Action(戦闘中行方不明者)に由来しているのだ。 LOUDはファースト・アルバム『ARULAR』のリリースに合わせてプロモーション来日した彼女をキャッチ。二号に渡ってフィーチャーしている。後編の今回は、アルバムに込めたメッセージ、彼女の核心部に迫ってみた。
アルバムに父の名前を付けたら、彼を見つけることが出来るんじゃないかと思ったの。
―収録曲はグライム的な楽曲が中心となっていますが、グライム・シーンにはシンパシーを感じますか?
「丁度グライム・シーンが盛り上がってきた時期にデビューしたから、そう思うかもしれないけど、それは違う。未だにイギリスのプレスは、私をどのジャンルで扱ったら良いのか悩んでいるみたいよ。自分自身でも分からないんだけど、グライムじゃないってことは言い切れる。ジャンル分けしてしまえば、アーティストを理解するのは簡単になるんだろうけど、そこではなくて、新しいことを始めているって言いたいわ」
―楽曲制作はどのように進めたんですか?
「まずはビートから。私の歌詞のテーマは、“どうやったら居場所を見つけられるのかしら? ”といった感じじゃない? だからビートの中に歌詞の居場所を見つけてあげるの。そういった意味では、歌詞は後。今回のアルバム制作を終えた時に自分でもビックリしたんだけど...、振り返ったら全部“バトル”の曲だった。制作中には気付かなかったわ。26歳から音楽を始めたんだけど、それまでの26年間は絶えず戦ってきた人生だったから、自然とそういった歌詞を書くようになってしまったのかもしれないわね...」
―歌詞の内容は実体験に基づいていますか?
「......えぇ、よく言われていることだけど、書く人が経験した、生まれてから現在までの軌跡が表れるのが歌詞じゃない? だから実体験であり、私の全てとも言えるわ。私は国同士や、家族間、ありとあらゆる抗争の形態を目の当たりにしてきたの。カースト制度下で育ったから、階級や人種差別による問題までも経験した...。まぁ、神様よくここまで見させてくれたわ! そういった抗争による苦い思いを今作で書いたから、次では初めて、やっと普通のことを書けるようになると思う。私は普通の人より一歩おくれたところから人生をスタートさせたの。今はやっと人並みのスタート地点に立てた。これからは普通の人生が送れるのよ。幸せな恋愛とかね....きっと...」
―アルバム・タイトル『ARULAR』は戦争行方不明者となっているお父さんの愛称だそうですね。それをタイトルにしたのは、アルバムをつくり終えて振り返った時に、抗争の曲が多いことに気付いたから...
「(遮るように)そこには特別な理由があるの! 制作期間中ピーク時の六ヶ月間程は、ほとんど飲まず食わずで曲づくりをしていたの。全てを断って、ピュアな状態で臨みたかったから。で、このアルバムをつくり終えて普段の生活に戻った時、今までの人生で成し得なかったことを整理してみたの。たくさん思い出したんだけど、一番最初に、ずっと小さかった頃にやりたいと思ったことは、自分の父親探しだったなって再確認してね。それで、今までの集大成でもあるアルバムに願いを込めて父の名前を付けたら、彼を見つけることが出来るんじゃないかと思ったの。例えば、インターネットやテレビ、ラジオなどのメディアに出るでしょ!? どこかで父や、彼の知り合いが気付いてくれるかもしれない。だからこのタイトルにしたのよ...」
―......見つかると良いですね。
「はは、私を泣かすつもり? でも、これは良いことなのよ、わかる? 仕事を使って人生最初の、また最大の夢を成し遂げられるかもしれないんだから。きっと...、きっと見つかるはずよ。もしね、もし本当に見つけ出すことができたら...、自分の作品で人生を変えることができたら、こんなに素晴らしいことはないわ。一つの作品をつくる、つまり一つのことを成し遂げるということで、こんなにも人生を変えることができるんだと人に見せてあげられたら嬉しい。少し皮肉な話かもしれないけど、母親は“お父さんが唯一あなたに与えたものは、あなたの名前なのよ”といつも私に言い聞かせていた。唯一与えられたものが名前であるなら、その唯一のもので彼を探し出してみせるわ!」
―頑張ってください! ところで、夏にはパフォーマンスの為に再来日しますが、どのようなステージになりそうですか? ディプロも一緒?
「ステージングについては昨夜ディプロと電話で話したところよ。“新しいアイデアのもとでライヴがしたい! ちゃんとリハーサルの時間を持ちたい!”って言ったわ。明日アメリカに行ってスタジオに入るの。そこで一からステージングを練り直す。基本的にはパーティー形式な感じにしたいなぁ...。みんなで三角形のパーティー・ハットをかぶってみたりしてね(笑)」
―楽しそうですね! 今後についてはどう考えていますか?
「現在、クリエイティヴな人間としての第一段階と言うか、山のようなものを少しづつだけど越えられてきていると思う。私には何が合うのかも少しづつ把握できてきた。音楽をやり始める以前はアートをやっていたけど、どちらにせよ今までの“リアル・ライフ”をクリエイティヴの糧にしてきた。次はこれから先の“リアル・ライフ”にどうやって馴染んでいくかがテーマ。次のステップは私にとってはデンジャラスなの。慎重にいかなければならないわ。もしかしたらスターになれるかもしれない。そう考えたら、ちょっと恐いなぁ」
―大丈夫ですよ! 応援しています。
「ありがとう。軽い質問から始まったから、まさかこんなディープな話にまで発展するとは思わなかったわ(笑)」


