MYLO インタビュー/LOUD128号
MYLO
ロックンロールを破壊せよ
(JPN) SONY / EICP-528
エレクトロニック・ポップ・サウンドの最新モード
2004年のUK ダンス・ミュージック・シーンで最も評価されたアーティスト、それがマイロだ。“2004年、アーティスト・オブ・ジ・イヤー”(DJ)、“ダンス・ミュージックの救世主”(NME)、“ブリリアント!”(MIXMAG)、“ロイクソップに対するスコットランドのアンサー”(THE FACE)とくれば、いかに彼が注目を集めていたか分かるだろう。昨年のUKシーンでは、新人バンドを中心にロックが盛り上がっていたが、ダンス系のアーティストは精彩を欠いた印象だった。そんな中で、マイロは一人気を吐いていたというわけだ。しかもデビュー・アルバムのタイトルは『ロックンロールを破壊せよ』だ。 ハウス・ビートを軸に、絶妙なセンスでサンプルやエイティーズ・テイストを散りばめた、ポップかつ上品なダンス/エレクトロニック・サウンドを展開するマイロ。スコットランドのスカイ島出身で、現在25歳。経歴も一風変わった持ち主である彼に、e-mailインタビューを試みた。
スピーチ部分のオリジナル音源を発見したことがきっかけで、あの曲をつくり始めたんだ。
1980年代中盤にアメリカでキリスト原理主義の牧師が説教したもので、 スピーチの内容から、タイトルは「Destroy Rock & Roll」がピッタリだと思った。
―あなたはオックスフォードで優秀な大学生だったと聞いていますが、どういった経緯であまりイメージが繋がらないとも思えるダンス系サウンドに興味を持ったのか教えてください。
「音楽への愛は大学に進学する前からあったんだ。ダンス・ミュージックが他の音楽とは全く違う音楽だと感じる前から、エレクトロニック・ミュージックは大好きだったし、昔からアルバムをつくりたいと考えていたけど、大学進学やその他のことがあって中断していたんだよ」
―大学では哲学科だったと聞いていますが、哲学のどんな点に興味を持ったのか教えてください。
「僕の祖父と大叔父が哲学者だったことも関係しているんだ。それに、昔からヘンで奇怪なアイディアが大好きだったから、哲学が何かを知る前から“きっと好きになるだろうな”って思っていたんだ」
―具体的に音楽制作を始めるようになったは、いつ頃からなのでしょうか? また、当初目標にしていたアーティストやスタイルがあったら教えてください。
「5歳の時にピアノとギターを始めたけど、ちゃんと演奏できるようになったのは10歳か11歳の頃。運の良いことに、20歳頃まで自作の曲は書かなかったし、23歳のときにPCを手にするまで本格的な楽曲制作には手をつけなかったんだ。目標としていた特定の人はいなかったけど、例えばケミカル・ブラザーズやダフト・パンクのように、エレクトロニックな音でありながら多くの人達の心に訴えるアルバムをつくりたかったね」
―子供の頃はどんな音楽が好きだったのでしょうか?
「最初はボン・ジョヴィが好きで、その後はザ・ストーン・ローゼス、ハッピー・マンデイズ、ボブ・ディランやスティーリー・ダンも聴くようになった。いい音楽なら何でも大好きだよ」
―デビュー・シングル「Destroy Rock & Roll」のアイディアはどこから出てきたんですか? また、どうしてこのタイトルにしたのか教えてください。
「2001年、グラスゴーのBBCに勤務していたとき、「Destroy Rock & Roll」で使っているスピーチ部分のオリジナル音源を発見したんだ。それがきっかけで、あの曲をつくり始めた。そのスピーチは、1980年代中盤にアメリカでキリスト原理主義の牧師が説教したもので、インターネットで聴くことができたんだ。その夜、僕は自分のハードディスクにそれを録音して、たったの25分程で曲が出来上がった。でも、最終的には著作権の問題で、そのスピーチ部分は新たに(違うスピーカーに頼んで)録音し直したけどね。スピーチの内容から、タイトルは「Destroy Rock & Roll」がピッタリだと思ったし、アルバム・タイトルも同じものがいいと思ったんだ」
―曲を聴いていると、ロックンロール批判なのかロックンロール賛歌なのかわからなくなるのですが、エレクトロニック・ミュージックの哲学とロックの哲学はどう違うと思っているのですか?
「まず、君がここで言わんとしている“哲学”は、僕が勉強してきた“哲学”とはあまり関連性がないと思うよ。君の質問は、ロック・ミュージックの反対に位置するエレクトロニック・ミュージックにおける取り組みや本質の定義ということでしょう? もしそうだとしたら、エレクトロニック・ミュージックとは、シンセ・サウンドとエレクトロニックな雰囲気を探検していく音楽で、ロックは50年前にブルースから発展した、ギターを基盤とした音楽形式だよ!」
―あなたのサウンドは、いわゆるハウス・ビートでもありませんし、'80年代サウンドのリヴァイバルでもありません。非常に新鮮なムードを生み出すことに成功していると思います。あなたが表現したかったサウンドが、どのようなものなのか教えてください。
「スタジオで作業しているとき、ハッキリとした計画はなかったね。アルバムは、僕が初のプロデューサー業に挑戦した過去2年間にできた楽曲集のようなものなんだ。それぞれの曲を制作しているときは、その曲自体に専念していたね。しいて言えば、安っぽくない、心地良いキャッチーなサウンドにしようとは心がけた。僕はアンダーグラウンドなエレクトロニック・ミュージックに影響された、温かくて包括的、かつポップなアルバムをつくりたかったんだよ。それから、車で聴いたときに良いサウンドに仕上げたかったね!」
―曲の着想、インスピレーションは、どんな時、どんな風に得ることが多いですか?
「このアルバムに収録された多くの楽曲は、サンプル音源から始まったんだ。大半のアイディアは、僕の血液がちゃんと循環しているとき、例えば走ったりサッカーをしていたり、汗をかいているときに浮かぶんだよ」
―サンプリング・ソースの選び方で、何か注意していることはありますか? ネタ選びの基準を教えてください。
「このアルバムでサンプリングは非常に重要な要素で、制作への入口としては良かったと思う。でも、今後はあまりサンプリングに頼らないようにしようと考えているよ(使用許諾に関するストレスも理由の1つだけど!)。サンプル音源を探すために音楽を聴くのは、DJや普通に音楽を聴くことと全く違うし、説明しづらいね。選曲の基準はなかったから、多くの場合は試行錯誤しながらの作業だった」
―UKのメディアからは賞賛の嵐でしたが、自分ではどのような点が受け入れられたのだと分析していますか?
「正直言って分からないんだ.....運かな? これは、馬鹿げた答えにならないように回答するのは難しいね」
―今後の目標やスケジュールを教えてください。
「相変わらず忙殺されているよ。9月までの予定は全て埋まっている。そろそろ全米でもアルバムが発売されるから、9月頃からはアメリカをツアーするかもしれない。年末前のどこかで、新譜制作のために姿を消そうと思っているよ」
―ところで、現在UCLAを休学中と聞いています。卒業する予定はありますか?
「多分ね(笑)。UCLAに戻る前に、いろんなことをやりたい。またアルバムを制作したいし、小説を書いて映画を制作して...その後に博士号を取得して家族をつくり、その後ゲイになるんだ!」
text TANIA
translation KEIKO YUYAMA


