JUNKIE XL インタビュー/LOUD137号
3年ぶり4枚目のアルバムはロックでメランコリック!
“限界を超えるスタジオ中毒者”ことジャンキーXLは、オランダ出身のトム・ホーケンボーグによるソロ・プロジェクトだ。'97年にデビューした彼が、世界的なスターになったのは2002年のことだった。NIKEのワールド・カップ用CM楽曲に、彼がリミックスを手掛けたエルヴィス・プレスリーの楽曲「ア・リトル・レス・カンヴァセイション」が採用され、24カ国でナンバ-1を記録したのだ。もう4年前とはいえ、CMで毎日のように流れていたので、覚えている人は多いだろう。その後は、ソロモン・バーク、ピーター・トッシュ、ロバート・スミスといった大物ゲスト・ヴォーカルをフィーチャーした『ラジオJXL』を2003年に発表、ポップ・ミュージックに新たな地平を切り開いている。 そんなジャンキーXLが、3年ぶり4枚目のオリジナル・アルバム『トゥデイ』を発表した。このアルバムでは、メランコリックなギター・サウンドを前面に押し出し、彼のよりパーソナルな部分を表現することに成功している。 現在はアメリカ・ツアー中で多忙をきわめるジャンキーXLが、本誌の電話インタビューに応じてくれた。
今回は全ての曲をギターで書いたんだ。
現時点での僕、今日の僕を表現しているアルバムだから
『トゥデイ』というタイトルにしたんだ。
―今作の制作には、どれくらいの時間がかかりましたか?
「3ヶ月だよ」
―え?! たったの3ヶ月?
「そうだよ。僕は仕事が早いし、集中してやるから、3ヶ月あればアルバムは作れるんだ。それに、ある状況での自分の気分や心理状態の一瞬一瞬を取りのがしたくなかったから、時間をかけずに完成させたんだ。時間をかけすぎると、アルバムでとらえた瞬間のヴァイブが失われると思ったからね。プロダクション的には素晴らしいものが出来るかもしれないけど、音楽的にはそんなにいいヴァイブにならないかもしれないのさ。だから、最初に3ヶ月と決めて制作に取りかかったんだ」
―私個人の印象ですが、とても聴きやすいアルバムだと思いました。前作が外にむかって四方八方に発信している印象なのに対して、今作はもっと内側に向かって伸びている感じですよね。
「それこそが僕がやりたかったことなんだ。前作のように色んなヴォーカリストを使った、大規模でコマーシャルなアルバムを作るのではなく、よりパーソナルで奥深いアルバムを作ろうとしたんだ」
―それはなぜですか?
「僕は3年前にロスに移住して来たんだけど、それ以来、すごく大きなプロジェクトにいくつもかかわっている。映画では『マトリックス』、『キャット・ウーマン』、『ドミノ』、『チーム・アメリカ』など。ブリトニー・スピアーズやコールド・プレイみたいなビッグ・アーティストをリミックスしたり、コラボレーションする仕事もあった。それに前作では、'80年代の僕自身のヒーローたちを招いてアルバムを作った」
―それらの仕事が、今作に影響を与えたんですね?
「そう。大きな仕事をたくさんやったから、ベーシックな音作りや、シンプルなことに戻りたくなったんだ。映画音楽をやったことで、いろんな方向へあちこち行くのではなく、切れ間なく続くような音楽をやることの面白さに気づいたし、ロスに移って、なじみのある友達や場所から離れ、これまでとは違う環境になったことで、メランコリックな気分にもなった。それらが、このアルバムを作るきっかけになってるよ。アルバムを作る時は、理由が大事だと思うんだ。ただ単にレコード会社に作れと言われたから作るとか、そういうことでアルバムを作るべきじゃない。アルバムを作るには、自分に作りたいという意志がないといけないし、何か表現したいものがあるからこそアルバムを作るんだ。これは重要なことだと思うよ」
―なるほど。具体的なサウンドは、ブレイク・ビーツとロックをベースに、その上にプログレッシブなシンセを散りばめた、統一感あるものですね。
「今回は全ての曲をギターで書いたんだ。おかげでパーソナルなアルバムになった。基盤がギターだから、自然にロック・テイストなサウンドになったんだと思う。面白いのは、イギリスのブロック・パーティーみたいなギター・バンドは、最初はギターから入っているのに、どんどんサンプリングを使うようになって、僕がつくっている音楽に似たようなサウンドになってきてることだ。僕はエレクトロニックの出身だけど、一方で彼らはロックから来ている。それなのに、同じようなサウンドが出来るというのはおもしろいね」
―ギターは、生で録ったんですか?
「そうだよ。基本になる部分は全部自分で弾いた。でも、曲の最初から最後までまるまる1曲弾いたわけではなくて、あるパートを弾いて取り込み、それをプログラムでループさせて、その上にジャムしていく方法をとった。アンプにマイクを近づけて録音したものもあるし、コンピュータに直接取り込んだ音もある。取り込みながら、エフェクトをかけたりしたもした。いろんな種類のギターとベースを使ったよ」
―何歳の時にギターを始めたんですか?
「11歳か12歳の頃だね」
―ギターは、あなたが最も親近感を覚える楽器なんですか?
「そうだね。他の楽器も使うけど。例えば、ピアノは4歳から弾いてたし、ドラムも6、7歳の頃からやってた。あと、フルートやバイオリンも演奏できるよ」
―ダンス・ミュージックとロックを融合させようという意図はあったのでしょうか?
「もちろん、それはもうここ何年にも渡ってやってきたことだよ。僕が最初にレコードを出したのは'89年か'90年だったけど、その頃からエレクトロニック・ミュージックにギターをのせた曲をつくっていた。もう16年間もやってきたことさ」
―あなたのクラブ・トラックや、サシャのアルバムで聴けるプログレッシブ・テイストも健在ですが、制作しているとき、クラブ・シーンでのプレイは意識にありましたか?
「ライブ・ギグはしょっちゅうやっているから、新しくできた曲はライブでプレイしていた。30分くらいアッパーなビートの曲を続けたあとに、新作に入ってる「ハニー」っていう暗めの長い曲をプレイしたこともあったけど、この曲は暖かくて魂に触れるような曲だから、みんなすごく良いと言ってくれたね。パーソナルなアルバムを作りたかったのは確かにそうだけど、だからといって誰も共感できないような、完全に違う世界のものを作りたくはなかったんだ。何よりライブは大好きだしね」
―タイトルを『トゥデイ』とした理由は何ですか?
「いまの自分の場所が人生においてどのあたりなのか、ということを表現しているアルバムだからさ。明日はどうなっているかわからないし、ひょっとしたら来年は全く違った感じのアルバムを作っているかもしれない。でも、現時点での僕、今日の僕を表現しているアルバムだから『トゥデイ』というタイトルにしたんだ」
―それって、少し落ち込み気味だったということですか?
「たしかにメランコリックな気分ではあったね。変化が大きな鍵だったよ。でも、そのおかげで、全体が一つのまとまりを持ったアルバムになったと思う。メランコリックの素晴らしいところは、悲しい感じ、希望を持てるような面、楽しげな部分、それらがすべて同じ雰囲気の中に流れているところだね」
―オランダからアメリカの大都市に移住するのって、かなり大きな変化ですよね?
「そうだね。でも、ロスは大都市と言ってもすごく散らばった街で、僕が住んでいるヴェニス・ビーチはリラックスできるエリアなんだ。マイアミやニューヨーク、アムステルダムとも全然違う感じだ。東京のようにスカイスクレーパーがあるようなエリアもないんだよ」


