ベス・ディトー(Vo)、ブレイス・ペイン(G/B)、ハンナ・ブライリー(Dr)からなる、アメリカ出身のガレージ・パンク・バンド、ゴシップ。「Standing in the Way of Control」を、'05年から'07年に渡って、クラブとロック・シーンでクロスオーバー・ヒットさせた、センセーショナルな3人組だ。'07年には、大物プロデューサーのリック・ルービンに勧誘され、インディー・レーベルからメジャーのColumbiaに移籍。同年、ライブ・アルバム『Live In Liverpool』を発表している。
ソウルフルかつパワフルなボーカルのベスは、その風体も相まって、唯一無二の過激アイコンとして、ファション~カルチャー誌などからも注目を集める存在となっている。UKで一番イケてる人物を選ぶNME The Cool Listでも、2006年にはなんと1位の栄冠に輝いているほどだ。
そんな彼らが、最新アルバム『ミュージック・フォー・メン』の国内盤をリリースする。メジャー移籍後初となるオリジナル・アルバムだ。本国アメリカでは'09年にリリースされ、大きな反響を呼んでいる本作。その、グレードアップした、ワイルドなサウンドには、日本でも注目が集まることだろう。
すでにLOUD181号と182号では、ゴシップを大々的にフィーチャーすることが決定しているが、ここではそこに掲載しきれなかった、冗談とも本気ともつかない(笑)インタビュー部分をご紹介しよう。
なお、ゴシップは、2010年2月に待望の再来日が決定している。彼らのライブは、あのリック・ルービンをうならせただけあって超強力! 見逃し禁止!
――初めて海外で演奏したのはいつ?
ベス「初めての海外はスコットランドのグラスゴーで行われたフェスだったわ。バングスとロリーズが出てた」
ハンナ「2000年か2001年だったかしら」
ベス「2000年よ」
ブレイス「サー・ドゥーガーズ、ロリーズとバングスでツアーを回ってたね」
ベス「大体トリを飾ってたけどその当時は誰も私たちのことを知らなかったし、完全にアンダーグラウンドなシーンでやってたからとても楽しかったわ。一番楽しかった思い出よ」
ブレイス「スコットランドは最高だよ」
ベス「その通りよ。あそこは、UKの良心的なアーカンソーみたいな場所よね」
ブレイス「ハンナが加入する前に何回UKに行ったっけ?」
ベス「二度よ。今までUKでプレイして一番楽しかったライヴは2000年に行われた・・・」
ブレイス「俺が歌って、ベスがギターを弾いて・・・」
ベス「客は、ブルーカラーの労働者とレズビアンが2人、全部で多く見積もっても10人くらいしかいなかったやつね。でもその場にいた全員が立ち上がって叫んでたわ。いい意味でね」
ブレイス「あの子たちがあのライヴのテープを(ブートレッグで)出したんだよ」
ベス「本当に? あれは、とにかく今までで一番楽しいライヴだったわ。未だにUKで一番楽しいライヴだったと思ってる。UKに限らず全てのライヴで一番だったわ」
――2007年6月に話題となった、NME誌ヌード表紙のいきさつは?
ベス「ゴシップを表紙で取り上げたいって話をもらったから、二つ返事でOKしたわ。そのときまず、わたしだけを取り上げたいって言われたの。“いいわよ”って返事したら、“さらにもっと言うと、君に裸になって欲しいっんだ”って言われたの。“あ、え~?”って感じになったんだけど、“フェミニストとして?パンク的に?”って感じで、どういう風に肯定的にできるか考えたわ。撮影は、最終的にとても楽しいひとときになったし、やってよかったと思ってる。面白かったわよ。表紙に対するいろんな人のいろんなクレイジーな反応も面白かったわ。
ブレイス「あれによっていろんなものから開放されたよね。いろんな人のいろんなリアクションが興味深かったよ。ある人は拒否反応を示したし・・・」
ベス「気持ち悪いってね!“でもだから何?”って感じだった。基本的にはNMEにお願いされた形だったし。それで、私はバンドをやめてソロを始めたんだけどうまくいかなかったから戻ってきたの」
ブレイス「Rケリーって名前のアルバムを作ってたよね」
――曲のインスピレーションはどこから得てるの?
ベス「PMS(PMS=premenstrual disorder syndrome、月経前緊張症、つまり生理前のイライラ)よ。それが私の作曲の基本にあるの。つまりいつも感情的で、生でいることが大事なのよ。PMSか、あとは「別れ」ね。あとテストで落第したときの感情」


