――そういった要素とエレクトロを融合させたのは、大沢さんがほぼ初めてなんじゃないですか?
「ま、年齢的にそうなんでしょう(笑)。やっぱり'80年代をギリギリ知っているんで、エレクトロと今10年くらい続いている'80年代のリヴァイヴァル的なものとを、何かこうつなげたいという気持ちはありましたから。『The One』の中に、ザ・ドゥルッティ・コラムのような音が入っていたりするのも、その影響だと思いますしね。単に今時のビキビキ・エレクトロだけで終わっちゃうと、'80年代を体験している僕からすると、情けないな、というのがあったんで」
――その辺に、大沢さんの、エレクトロ・シーンの中でも独立した立ち位置があるんですね。
「そうでしょうね」
――そんなことを、今作を聴いて認識できたんですよね。大沢さんは、アコースティックなニューウェイブとエレクトロを初めてミックスした人なんだな、と。本当は『The One』の時に気付かないといけなかったんですけど。
「いえいえ。そこはね、僕自身も混沌としていた直中にいたので、分からないくらいですよ。言われて、初めて気付くこともありますしね。だから、もっと平たく言っちゃうと、たぶんティガと僕は、ほとんど同じような流れを知っている人だと思うんですよ。でも、彼はもっとヴィジョンが明確で、そういった流れを知っている中で自分のやるべきことをわきまえていて、パフォーマーとしても優秀なんで、ああいう方向に特化できるんだと思う。僕の場合は、どこまでいってもやっぱりプロデューサーなんで、いろんな手法をもってして、そこを表現している感じですかね」
――普通は、一度音楽的に確立したものができると、そこをもっと保守的に固めていこうとするものですが、大沢さんの場合は、それをしませんよね。
「そこはね、しない勇気、ではなく、なる恐れ、ですね。そういう風には絶対になりたくないんですよ。そんな窮屈なことはないし、何でもやりたいと思っているので。自分の知っていることで、自分にできない素晴らしい音楽が存在するというのは、嫌なんです。自分が素晴らしいなと思った音楽には、何かしらコミットしていたいという欲求が強いんだと思います」
――でも、そこで固まろうと思えば固まれたわけですよね。で、それで十分にビジネスもできたと思うんですよ。
「ええ、ビジネスだと思って音楽をやっていたら、もうとっくにそうしていたでしょうね。ただ、固めて薄めて引き延ばして、商売的に音楽をやっていきますと決めて、そこから得られる商業的成功と自分のクリエイティビティーとの折り合いを比較した時、自分のタイプ的に、固まることはどう見てもマイナスなんですよ。もっと言っちゃうと、僕がそういう方向性で音楽をやった瞬間、本質的に僕の音楽が好きだった人は離れていっちゃうんじゃないかという、確信に近い予測もできるんです」
――なるほど。
「僕は、固めていくことで評価されるタイプのクリエイターじゃないと思うんですよね。僕を評価してくれる人には、誰一人見向きもしないかもしれないけど、次のことを考えようとしているその姿勢が好きだ、という人の方が多いと思っているんです。僕の奢りかもしれませんけどね」
――確かにそういう人こそ、大沢さんのアーティスト性を正しく理解している人でしょうね。
「だから、昔の音楽を誉められるのは嫌じゃないんですけど、特に昔のことを知って欲しいとは思わないんですよ。いつも僕は音楽的多重人格者だとアイロニカルに言っていますけど、それは単一人格者にとって当たり前のことであって、全ての人は音楽に対してそうあるはずなんですよ。良い音楽、良い芸術には、ジャンル分けとか時代に関係なく、心が動かされて当然なんですから」


