JAZZANOVA インタビュー/LOUD74号
サンバとブレイクビートが熟~く絡み合った「Caravella」(98年作)がクラブ・ミュージック各方面で支持されて大ヒットとなったジャザノヴァ。その後も4ヒーロー『2ペイジズ・リミキシーズ』のリミキサーに起用されたことでその存在が広く知られることとなった彼らの音楽はそのプロジェクト名の通り、ジャズの新星として新しいカタチを僕らに伝えてくれた。それはジャイルス・ピーターソンやパトリック・フォージらのアシッド・ジャズによってジャズに触れた世代の若者が、さらに豊富な音楽的知識を求めてジャズの歴史の中へと深く入り込んでいったのではなく、デトロイト・テクノやディープ・ハウスやドラムンベースの中に溶け込んだジャズの要素を「これもジャズだりと解釈するような、ジャズという言葉が氾濫するクラブ・ミュージックの最先端の部分から彼らはこぼれ落ちてきた。それでいて柔軟な解釈をもつ者にありがちなフェイク的な振る舞いもなく、どこまでも素直にジャズを感じとろうとする彼らの態度は音楽のバリアーを溶解させ、さまざまなダンス・ミュージックと繋がっていく場を作り出していったのだ。そうした彼らのこれまでの活動をまとめた作品がソニーから『ザ・シングル・コレクション1997-2000』(これは日本企画盤)として、またCOMPOST RECORDSのサポートのもと97年に立ち上げたJAZZANOVA COMPOST RECORDS(JCR)からはリミックス・ワークをまとめた『ザ・リミキシーズ』が、そしてさらにはCOMPOST RECORDSの音源をキョウト・ジャズ・マシッヴがDJ MlXした『フユー工ルド・フォー・ザ・フューチャー』(SMEJ)が同時にリリースされる。そればかりか来年はじめには初のアルバムをリリースするということで今後もますます注目が集まるだろうジャザノヴァのメンバーのひとり、アレキサンダー・バーグに彼らのジャズ観がどんなものなのかを訊いた。
★まず、あなたたちがベルリンのデリシャス・ドーナツ・クラブでやっていたパーティー<ザ・サークル>について教えて下さい。
「デリシャス・ドーナツ・クラブでパーティーをはじめたときは、ジャザノヴァって名前でやってて、<ザ・サークル>という名前でやりはじめたのは2年前からだった。でも
ジャザノヴァでやってた頃を含めると、あそこでやりはじめたのはかれこれもう5~6年前にもなる。あの頃のジャザノヴァってDJチームのことで、ライナー・トゥルービー、ブライトンのラス・ジューベリーなどといったゲストを迎えてオールドスクール・ジャズがメインのパーティーをやってたんだ。ラテンやブラジリアン・ミュージックはその中でもとりわけ多かったな。ぽくがDJチームに加わったのはパーティーがスタートしたちょっと後で、いまのミュージック・パートナー、ヨーゲンとクラースの2人によって立ち上げられたパーティーがぼくが入ったことをきっかけにモダン・ミュージックも少しづつかけるようになってね。ぼくはニュー・スタッフをメインにかけ、彼らはオールド・スタッフをメインにかけていたんだけど、いい感じにフュージョンしてたな」
★そこからどのようにしてCOMPOST RECORDSとの関係が生まれていったのですか?
「ヨーゲンはミュンヘン出身で、COMPOSTのマイケルは彼にとっては以前から先生のような存在だった。COMPOSTは兼ねてからしっかりと運営されていた上質なインディペンデント・レーベルで、ヨーゲンの繋がりもあってやがて一緒にやろうってことにまでなったんだよ。プロモーションもディストリビューションもしっかりとやってくれるし、とてもハッピーだよ。そしてコンピレーション・アルバム『ジャザノヴァ・コンポスト』がリリースされた」
★それはいつの頃の話なんですか?
「97年のリリースだよ」
★で、95年にCOMPOST RECORDSは有名なコンピレーション・アルバム『ザ・フューチャー・サウンド・オブ・ジャズVol.1』をリリースしたわけですが、あのコンピレーションには影響を受けましたか?
「そうだけど、ばくたちは他にもいろんな影響を受けていて、なかでもジャイルス・ピーターソンとパトリック・フォージのラジオ・ショウから受けた影響はとりわけ大きい。あのコンビからも、もちろん影響は受けているけど、ぼくたちにとってはもっと身近な影響はジャイルスたちだった」
★ところで、一口にジャズといっても解釈の仕方はさまざまだと思うんです。そういう意味で個人的に『ザ・フューチャー・サウンド・オブ・ジャズVol.1』はフィンランドのジミ・テナー、オーストリアのパトリック・パルシンガー、フランスのザ・マイテイ・バップ、イギリスのワゴン・クライストなどさまざまな国のアーティストが収録されて面白いと思ったんです。そこでお訊きしたいのは、あなたが音楽を聴いて「ジャズだなあ-」と感じるのはどんなサウンドですか?
「まずは、ぼくたちにとって良質な学びの宿であること。ぼくたちの受けてきた影響ってジャズだけじゃないんだ。ポップス、ロックとなんでも聴いてきた。でも一貫して言えるのはすべてにおいて僅かながらも必ずジャズの要素が含まれていること。ジャズはフュージョンには持ってこいのプレイ・グラウンドで、他のどんな音楽だろうと組み込めるだけのオープン・マインドな構造をした総合的音楽なんだ。そして世界共通の言語という点
でも優れている。だから、例えジャズ・ミュージシャンじゃないとしても理解しようという姿勢さえあれば、どんな音楽であれ学ぶことは大きい」
★例えば、パトリック・パルシンガーのジャズにはユーモアがあり、イエロー・プロダクションズのジャズにはエロスがあると思うんです。そういう点でジャザノヴァのジャズにはどういうフィーリングがあると思いますか?
「それは難しい質問だなあ……、うーん、理性的で、絡みが細くて、とてもドライヴィンな音楽。実際カー・ドライヴには持ってこいだね、ハハハハ」
★ハハハハ(笑)。
「CDかけっばなしで運転するとパーフ工クトだね(笑)、特にロング・ドライヴには持ってこい。そしてぼくたちにはタイムレスさも大切で、いつどんなときにかけても溶け込むような音楽を志しているんだ」
★そうしたジャズの世界観はジャザノヴァというプロジェクト名にも繋がってくると思うんです。ようするにジャザノヴァというプロジ工クト名にはジャズとボサノヴァに新しい解釈を加えるというような意味が込められているのではないでしょうか?
「そうとも言えないこともないけど、正解とは言えないな(笑)。この名前は同名のオールドスクール・ジャズ・アルバムからとったんだ。MPSから70年代にリリースされたイラ・クリスのアルバム『ジャザノヴァ』がそれで、ぼくたちのプラン、過去から現在までを捉えそれを未来的な姿で落とし込もうっていう方向性にピッタリな名前だと思ったからなんだ。アシッド・ジャズともニュー・ジャズとも遣う、それはジャザノヴァ・スタイルの音楽」
★では、JAZZANOVA COMPOST RECORDS(JCR)をはじめるにあたって、レーベルとして当初どのような方向性をもっていたのでしょうか?
「このレーベルのイメージはより企画モノっぼくて、再発モノや日本の福富幸宏などの海外アーティストたちの窓口としても機能させているレーベルでね。もちろん
ぼくたちの音楽もリリースしてるけど、ワールドワイドな視点に立って出すべきものは出すまで、っていう間口の広いレーベルなんだ。そしてそのためにはCOMPOSTのマイケル、そしてA&Rの協力なしには決して実現しない。彼らとの間の絆もさることながら、ぼ
くたちのやることってCOMPOSTの努力に比べれば難しいことじゃないんだ」
★ところで、今回、日本独自企画としてリリースされる『ジャザノヴァ・ザ・シンクル・コレクション』にはキョウト・ジャズ・マッシヴ、カーム、福富幸宏のリミックスが収録されています。彼らはCOMPOSTやJCRから作品を出しているわけですが、日本人アーティストの作る曲に対してなにか特別な拘りがあるのでしょうか?
「彼らとの関係はずいぶん長くて、特に∪.F.0や京都ジャズ・マッシヴの人たちとは知り合ってからもう3年以上にもなるんだ。同じくずいぶん前から活動をし続けてきた彼らの前向きな姿勢と、音楽には尊敬の念が絶えないね。キョウト・ジャズ・マッシヴやカームといったアーティストたちは日本のオフビート・ミュージックの動きにおい
て強力で、なおかつ重要な役割を果たしている。彼らなしには日本のある意味アコースティック・ミュージックとしてのジャズ・サウンドは定着しえなかったかも知れない。今後は彼らともっと盛んに活動を共にしてゆくことになる。すでにもうリリース・プランが幾つかあるんだよ」
★それはいい話ですね、楽しみにしています。また同時にJCRからは『ジャザノヴァ・ザ・リミキシーズ』がリリースされるわけですが、あなた方はこれまでに4ヒーロー、インコグニート、∪.F.0、イアン・プーリーなど他にも多くのリミックスをやっていますね。リミックスをどういう表現手段だと考えていますか?
「リミックスをはじめ出したのは、曲作りをはじめてからまだ間もない頃で、その当時のぼくたちの苦楽っていまほどはっきりしたテイストを持っていなかったからね。だから、リミックスは曲作りのいいトレーニングになったし、スタジオを充実させるためにも随分稼がせてもらったよ。でもお金のためってわけじゃない。好きなアーティストたちの作品しかやっていないし、4ヒーローのリミックスのときはパーカッション・グループとも一緒に仕事が出来てそこで得たものはとても多かった。だからリミックス・ワークも、ぼくたちにとっては大きな喜びなんだ」
★でも、やっぱりジャザノヴァの音楽を熱心に聴いている人たちは、来年予定しているフル・アルバムを楽しみにしていると思うんです。そこでアルバムがどんな内容になるのかできるだけ多くのことを教えて下さい。
「うん、ぼくたちがこれまでやってきたリミックス作品とは、少なくとも違った作品になるだろうね。リミックスってぼくたちにとってはコレクション的なものなんだ。そしてアルバムのコンセプトの本当のところはたくさんのシンガーを起用した良質なヴォーカル志向の作品を完成させることで、ある意味ナーヴァスなリミックス作品に対してアルバムはコンセプチュアルな作品になるだろうね。それゆえに多くのミュージシャンたちを起用することになったんだけど、アメリカン・シンガーのヴィククー・デュプレイも参加してくれてるんだよ」
★ストーリー・アルバムになるわけですね。
「そう、リアル・ジャーニー。1曲1曲のダイレクション・イメージも大切にしてる」
★アルバム・タイトルは決まっているんですか?
「それがまだなんだけど、仮の『プレイシーズ・アンド・スペーシーズ』っていうタイトルならあるよ。変えるかも知れないけどね。まずはアルバムを完成させなきゃな、そ
こで初めて確かな定義が可能になるんだ。でもこの仮タイトルは気に入ってるよ。いままで訪れた国々での風景や人々との交流で得たものがそのまま表現されてる
からね。ぼくたちのソングにそうやって得たものがそのまま活かされてるわけだしね」
★では最後にジャザノヴァにとってベルリンという街はどういう街ですか?そしてベルリンという街の環境があなたがたの音楽にも反映されていると思いますか?
「そうだね、そうとも言える。ベルリンは住み心地のいい街でね。いつもいろんなことが起こってて、芸術的で、エキシヴィジョンも至る所でやってる。見るに事足りる
街だ。それにいまはなにもかもが大きな発展期にあって、1年もすれば街並みは大きく変わる。場所によっては1ケ月で大きく変わっていることだってあるんだよ。あと物価も安くて家賃も安い、だから街のカフェもストリートも若者たちで賑わってるんだ。若者が豊かに暮らせる環境って大切だよね。ベルリンはいい、どこの国をまわって帰ってきてもいつもホッとするダウン・トウー・アースな街だ。キミも気に入ると思うよ。いや、誰だろうとね」
インタビュー 小林正弘 通訳 武田啓希


