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LFO インタビュー/LOUD106号

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1990年のファーストシングル「LFO」で楓爽とこのシーンに登場したブリティッシュ・テクノのもっとも最初の世代であるLFO。その1年後にWARPからリリースしたファーストアルバム『フリケンシーズ』は、アメリカから渡ってきたシカゴ・ハウスやデトロイトテクノの音楽に魅せられたマーク・ベルとジェズ・ヴァーレーの二人の若者がまるで子供が新しいおもちゃを買ってもらったような感覚で機材をいじくりまくって作ったアルバムだった。それはアルバム全体に漂う無邪気さからもわかる。その後、2年のブランクを置いてリリースされた久々のシングル「タイト アップ」ではサイケデリック・ギターバンドのスビリチュアライズドに音響リミックスを依頼して復活よりも驚きを与えた。どこでそうなったのかよくわからない音響派との意外な組み合わせは、その2年後にリリースされたセカンドアルバム『アドバンス』で冒険心となって表れることとなった。バンド的な発想でエレクトロニック・ミュージックをやろうとした感覚がいま聴くと随所に感じられるグッドなアルバムだ。その後、マークはビョークやデペッシュ・モードのアルバムをプロデュースする仕事に入り、再びLFOは沈黙状態に入るのだった。
 そして7年ぶりに発表されたLFOのサードアルバム『シース』(BEAT RECORDSより)には、LFO健在の知らせと共にショッキングな話題もついてきた。その兆候は前作ですでに表れていたのだけれども(作曲はほとんどがマークで共作は2曲だけ)、やっぱりというか、このアルバムからジェズ・ヴァーレーが抜け、LFOはマークひとりのプロジェクトとなったのだった。新作は前作同様に多彩さを感じさせるが、その色合いは透明でのびのびとした楽しさが感じられたりもするのだ。その新作のプロモーションのため7月上旬に来日していたマークにインタビューした。やはり、インタビュアーの使命としてここはひとりとなってもLFOと名乗ったことを訊かないわけにはいかない。

-いつ頃からサード・アルバムの制作に着手したのですか?
「曲そのものは何年か前から制作していたものもあったんだけど、基本的には、デペッシュ・モードのアルバム『Exciter』をプロデュースした直後からということになる。だから2001年からだね」

-デペッシュ・モードやビョークの『Homogenic』などポップ・スターのアルバムをプロデュースしたことで学んだことはなんですか?
「ビヨークやデペッシュ・モードとの仕事から学んだというよりは逆の世界だね。というのは自分の作品はビジネス的な部分でも、スタジオ・ワーク的な部分についてもプライヴェートなもの。自宅のスタジオですごくシンプルな機材だけで作ることに変えたんだ」

-いま現在もリーズに住んでいるんですか?
「そうだよ」

-あなたの音楽にリーズというエ業都市の環境がなにか影響を与えていると思いますか?
「例えば、過去にシェフィールドの工業都市ではキャバレー・ヴオルテール、ヨークシャーではスロッビング・グルッスルなどが登場してそれをインダストリアル・ミュージックと呼んだわけだけど、でもぼくにとって自分のことをそういう風に分析するのはとても難しいことだし、必ずしも工業都市の音だとは思わないな」

-でもアルバム中の「Snot(鼻水)」や「Moistly(浸っぽい)」などの曲名とインダスリトリアルな青からは、どこかイギリス北部の空気をイメージさせるものがあるのですが。
「言われてみればその通りだと思うけど、特にそういうことを意識したわけじゃないんだけどね。さっきも言ったようにキャバレー・ヴォルテールなんかでも彼らは彼らの解釈でああいうリズムが出てきて、ぼくはぼくの解釈でさまざまな音楽からの影響を吸収し、それがぼくの音になっているんだと思う」

-地元意識を大切にしているんじゃないかとぼくは勝手に解釈しているんだけど。リーズに住み続ける最大の理由はなんですか?
「はははは(笑)。例えば、ロンドンだとファッションや音楽シーンや人気のクラブなどの移り変わりがとても速い。ある意味、リーズに居るとそうした大都会の流行が客観的にみれたりするし。あと昔からの友だちもリーズに住んでいるし。そういう意味でもリーズに住んでいる方がぼくには合ってるんだ」
-わかりました。ところで、シングル「Freak」はブリーピーな低音とロボット・ヴォイスを用いた曲ですが、なぜこの曲をシングルに選んだのですか?
「WARPのアイディアさ。レーベル側に今回のアルバムを聴かせたら、すぐに“この曲をシングルにしよう”ってことになったんだ」

-確かに一番強い印象を残す曲ですよね。それにブリーピーな低音というところもWARPにとっても思い入れがあるだろうから。
「ははは(笑)」

-いまでもブリープはLFOの音楽にとって柱となる主成分ですか?
「確かにいまでもそうなんだけど、今回のアルバムの基本には、ぼくがこの7年間作りためていた曲を友だちが選曲したカセット・テープがあってね。その流れのなかにブリープ的な音を混ぜることによって全体的な面白さをひとつのアルバムとして纏めたものなんだ。だからぼくだけの意見じゃなくて友だちの好みもあったりして、そういうものが今回のアルバムのカラーになっているのは確かだろうな」

-最も古い曲は何年前につくったものですか?また一番新しい曲は?
「一番古い曲はラストの「Premacy」で、それがだいたい5~6年前に作った
曲。で、シングルの「Freak」が最も新しい曲になるね」

-では、今回のアルバムを制作する上で最も念頭に置いていたことは何ですか?
「ヴィデオ・ゲームでrトニーホーク・プ口・スケーター3』っていうのがあるんだけど、そのゲームのサントラでエイス・オブ・スペース(サイケ・ロック)、モーターヘッドなどロックからヒップホップまでいろんな畑のミュージシャンが作ったサントラがあってね。それを聴いたときに単純にアルバムの流れとして音楽的なヴァリエーションを感じたし、とても楽しめるものだったから、自分がアルバムを作るときもひとつのジャンルに執着せず、いままで影響を受けたものを全部出したかったんだ」

-96年のセカントアルバム「アドヴァンス」から方向性が変化したように思います。クラブだけに限らずもっと広い領域に音楽性を求めていこうというか。そういう気持ちの変化はあるのでしょうか?
「外から見るとそういう風に見えるんだろうね。でもぼく自身は純粋に音楽的なヴァリエーションを求めていったということなんだと思っている。例えば、シングルをカットしたときにA面はブリープでB面はブリープじゃない曲をもってきたりとか、そういう感じなんだよ。それにこのアルバムに関しては長いタームのなかで広い方向性を求めたとかいうものじゃないし」

-今作からLFOは、正式にあなたひとりのプロジェクトになったわけですが、ひとりとなった時点でLFOを名乗ることをやめようとは考えませんでしたか?
「考えたことはないね。例えば、ファースト・アルバム
『Frequencies』をリリースした頃は、時代的にもその当時出てきたばかりのハウスがかっこいいとされていた。そういう時代の空気のなかでぽくらはその真っただ中をいく内
容のアルバムを作った。その後、テクノやジャングルヘと枝分かれし、クラブ・ミュージックは多様化し細分化していったわけだけど、でもシーンがどんなに変化してもLFOはLFOだから。当時、LFOという名前をつけたときも自分の気持ちに素直に“バッ”とこの名前をつけることができたんだ。自分のエモーショナルな気持ちを最優先していた。いまLFOはぼくひとりのプロジェクトになったけれど、でもぼくはLFOとしてアルバムをつくったことになにも違和感はない」

-ちなみにLFOの名前の由来は?
「古いシンセサイザーのモジュレーションで、Low Frequency Oscillationから名前をとったんだ」


-ところで、このアルバム・タイトル『Sheath(さや、被せ)』に込めた意味について敢えてください。
「最初は友だちとの間の冗談だったんだけどね。これにはコンドームという意味とプロテクションという二つの意味があって、その二つの意味のギャップが面白くてね。イギリスで“シース”という言葉を使うとみんな笑うんだ。とても古い使い方の言葉なんだけど」
-冗談の意味がわからないのですが。
「これには「包む(カヴァーする)」という意味と「コンドーム」という意味があって、その言葉を使ったときにシリアスに捉える人と笑える人の二つのタイプにわかれるんだ(註:日本語でゴムと言ったときにコンドームとも輪ゴムともとれたりすることと同じ)。その反応をみるのが面白いんだ」

-曲名に関してはどうやってつけているんですか?
「シングルの「Freak」以外は、締め切り間際に慌ててつけたものばかり」

-6曲目の「Unafraid To Linger」とかシャレが効いてますよね。これは7年もアルバムを出してないけど、ビクともしねぇぞってことですよね。
「はははは(笑)、その道りだよ」

-乗際のところ、7年間のブランクを感じていますか?
「7年間自分のアルバムを作らなかったけど、でもその間なにもしていなかったわけじゃないから。ビヨークの仕事をやりながらも自分のための曲づくりも並行してやっていたからね。いわゆるブランクみたいなものは感じなかった。たぶん、もうちょっと定期的に自分のアルバムを発表してもよかったのかなと思っているんだけど、でもなにか理由があってアルバム制作を延ばしていたわけでもなく、その辺は特に考えたことはないな」

-どうして定期的にアルバムを出さなかったんですか?
「例えば、多くのロック・バンドのように契約上1年に1枚アルバムを出さなきゃならないとか、それによって予算が工面されるとか、そういう商業主義のなかでのアルバムづくりではないからね。ホント純粋に音楽をつくってそれを聴いてもらいたいっていうだけなんだ」

-性格的なものもあるんでしょうかね。のんびり屋だとか?
「はははは(笑)」

-WARPにはナイトメアズ・オン・ワックスというのんびり屋さんがいますよね。
「さっきも言ったようにビジネス・タームのなかでアルバムをつくっているわけじゃないから、キミが言うのんびりしたリリースになるんだろうな」

-音楽制作に向かっていないときはなにをやっているんですか?
「テレビを観たり、ビリヤードをやったり、友だちとサッカーをしたり。まあ、普段は友だちと会っていることが多いかな」

-リスナーとしてはどんな音楽を聴いていますか?
「音楽好きのいろんな友だちがいて、そこからの影響が大きいんだけど、ロック・バンドでホワイト・ストライプとかすごい好きだね」

-どこの国の人たちなんですか?
「デトロイト出身の二人組のバンド。それからぼくの友だちでスラッシュ・メタルのバンドをやっている奴もいるし、基本的にロックは好きだよ。その一方でシカゴ・ハウスだけを追求している友だちもいるし。その友だちと話をするときは深い話になるから面白いんだ」

-そうした地元の友だちとの交流がこのアルバムの音楽的なヴァリエーションに反映されているのかもしれませんね。例えば、バンドの発想でエレクトロニック・ミュージックをやっている曲もあるし。
「そう、4曲目の「Snot」のイメージは、二人で演奏しているような音づくりにしたかったんだ。ドラムの音色もコンピュータを使えば何十種類もの音が出せて、しかも同時に録音できるんだけれど、でもあえて4種類の音しか使っていない。本当に人間が手足の数だけでやれるような音をエレクトロニクスを使ってやってみたんだ。そしてバンドっぽくね。ひとりがドラマー、もうひとりがベースという具合に」

-それはフィジカルな要素ですよね。
「そうだね。イメージとしては二人のティーンエイジャーがシンセを片手でたどたどしく弾いてるって感じ」

-でも、その一方でバンド・サウンドを出したいんだったら自分でギターを弾き、ドラムを叩けばいいじゃんっていう意見もあると思んです。でもそれをやらずにエレクトロニクスを使うのはなぜですか?
「まず最初にアイディアとして全部自分でやりたかったっていうのがあって。それに実際にぼくはギターは弾けないんだけど、シンセやドラム・マシンを使うことによって自分の最初のアイディアを音にできるから。例えば、キング・クリムゾンのロバート・フィリップはギターでアンビエント風のウェイヴィーな音をつくり出している。あれだって別にキーボードでできることだけど、でもあえてギターで演っているじゃない。それと同じ。ただぼくの場合はエレクトロニクスを使って自分で全部つくり上げるのが好きだってこと」
-そこにエレクトロニック・ミュージックの面白さがあるような気がします。
「うん」

-何かコメントしてくれるのかと思ったんだけど(笑)。
「ははは(笑)」

text小林正弘
translationTomTao