高橋幸宏 インタビュー/LOUD136号
どこまでも優雅にして端正なユキヒロ流ポップトロニカ
1972年にサディスティック・ミカ・バンドに参加して以来、サディスティックス、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)、ザ・ビートニクスなどの歴史的グループで活躍する一方、ソロ・アーティストとしても精力的な活動を続けている高橋幸宏。日本の音楽シーンに欠かすことのできない才能として堂々たるキャリアを誇る彼が、ソロとしては約7年ぶりとなる通算21作目のアルバム、『ブルー・ムーン・ブルー』をリリースした。
近年の彼は、細野晴臣とスケッチ・ショウを結成、エレクトロニカ/フォークトロニカ系のサウンドに接近し、エレクトロニック・ミュージックの最新潮流を生み出している。2003年と2004年にはバルセロナで毎年開催されている世界屈指のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバル、“sonar”にも出演し、スケッチ・ショウ+坂本龍一によるユニット、ヒューマン・オーディオ・スポンジ(HAS)名義ではヘッドライナーも務めている。新作は、そんなスケッチ・ショウでのサウンドから連なる、優しく繊細な音づくりが楽しめる内容だ。
スケッチ・ショウと同様、サウンド面では権藤知彦とスウェディッシュ・ヴォーカルでシバオカチホが参加。さらに、ドイツのエレクトロニカ・レーベル、KARAOKE KALKの代表的アーティストであるメルツ、サンフランシスコのハー・スペース・ホリディで注目を集めるマーク・ビアンキといった新世代アーティスト、スティーヴ・ジャンセン、徳武弘文、細野晴臣といった大御所も作品に彩りを添えている。
極上にして最新の高橋幸宏ワールドが堪能できる『ブルー・ムーン・ブルー』。電子音とフォーキーな音の狭間から生まれるナチュラルなサウンドスケープに、彼は何を感じ取っているのだろうか。話を聞いてみた。
——『ブルー・ムーン・ブルー』は、約7年ぶりのソロ作品ですね。アルバムの構想は、いつ頃からあったんですか?
「去年の11月くらいです。その前は何も考えていなかったんですけど、まわりのスタッフも“つくれ”って言うから(笑)。できるかなぁと思ってやってみたら、短期間でできましたね。丁度スケッチ・ショウが一年くらい活動していなかったんで、やりたい感じ、溜まっていた感じをそのまま出したらできちゃった」
——レコーディングにかかった時間は?
「スタジオに入ったのは一ヶ月半くらいですね」
——ハイ・スピードだったんですね。
「スケッチ・ショウはのんびりやりますからね」
——アルバムの内容は、スケッチ・ショウで展開されていたエレクトロニカ/フォークトロニカ的なサウンドを引き継いだものになっていると思いました。今作のサウンドは、スケッチ・ショウの延長線上にあると考えていいのですか?
「そうですね。表面上はそうかもしれない。「Still Walking To The Beat」という曲は、スケッチ・ショウのライヴ用につくった曲ですしね。だから、わりとその流れのままできていますね。あとは、去年、ファッションブランド・soeのコレクションのためにつくったものが二曲、リミックスで入っています」
——コンセプチャルな作品ではないんですか?
「僕自身は、音楽を作る時、ポップ・ミュージックをやるときに、それに対する普遍性のようなものは勝手に出てくるだろうと思っているんです。だから、(コンセプトは)あまり立てていないですね。ただ、ウチの会社のプリプロ・スタジオが木場にあるんですが、その帰りにレインボー・ブリッジからいつも見ていた月がいつのまにかテーマになりました。アルバムには、そういった歌詞がいっぱい出てきますよね」
——そうですね。“星”とか“空”...。
「“風”」
——あとは“動く”や“見る”なども多いと思いました。何か達観しているような雰囲気があります。
「実は、達観は全然できていないんですけど、歌詞をシンプルにしたかったんです。“I have a dream”と言うところを、“I see a dream”と平気で言っちゃうとか、俳句的な感じにしたんです。韻のふみ方も独特で、英語的な説明じゃない。山頭火を上手に英訳してヒットした詩集があるんですけど、その訳は英語的に言うとちょっとおかしい言い方で、でもきれいな感じなんです。今作では天辰京子さんが(歌詞を)英語に直してくれたんですけど、彼女はそんな僕の日本語のイメージをよく理解してくれました。彼女には山頭火のことは言ってないんですけどね」
——最後の曲「Eternally」は唯一日本語で歌われていますが、どうしてこの曲だけ日本語にしようと思ったんですか?
「一曲か二曲は日本語の曲を入れたいと思っていたんです。その曲は一曲目にしようと思ってつくった曲で、ある種のラヴ・ソングです。最後にしちゃいましたけど」
——日本語という点で、特に意識したことはありますか?
「日本語だとストーリー性が邪魔になるんで、AがあってBがあってサビがあって大サビがあって、みたいなつくり方はしませんでした。同じメロディーの繰り返しなので、言葉の繰り替えしも非常に多くなるんですけど、それでも飽きずに、物語が見えてくるような歌詞をつくるのは、わりと難しいですね」
——ところで、以前“スケッチ・ショウの感覚は、『BGM』('80)をやっていた頃のYMOの感覚に近い”とおっしゃっていました。そう考えると、今作は『Neuromantic(ロマン神経症)』('81)に近いと思ったのですが。
「最初は『音楽殺人(Murdered By The Music)』('80)のようなポップ・アルバムをつくろうと思っていたんですけど、もうちょっと私小説的な部分が出ているかもしれない。だから、『Neuromantic』と『What,_ Me Worry?(ぼく、だいじょうぶ)』('82)が混ざったくらいの感じかな。タイトルがコンセプチュアルなものは、『Neuromantic』以来ないんですよ。非常に個人的な、日記のようなタイトルが多かったから。あと、スケッチ・ショウには別のテーマがあるじゃないですか。『Loophole』('03)だったり『Tronika』('03)だったり。そういうものとはまた違う、あくまでもソロの世界なんです。そう言われてみると、ソロではちゃんと必然的に自分のことをやっているな。サウンド的には、そのままの流れが出ているけど(笑)」
——スケッチ・ショウよりポップな雰囲気でいこうとか、意識はされているんですか?
「いや、ただやりたいことをそのままやっただけですね。スケッチ・ショウでは、つくったトラックを細野さんに“さわってみてください”って渡して、細野さんが細かいところを直してくると、やっぱり二人の音になっていくんです。あと、止めないとどんどん違う曲にもなっちゃう(笑)。でも自分でやるときは、ある程度自分の頭の中にある音に近づける作業ですから」
——タイトル曲「Blue Moon Blue」には細野さんがベースで参加していますが、これはどういう経緯だったのですか?
「この曲のベースは最初から細野さんだなって決めてました。エレキ・ベースを期待していたところもあったのですが、これはこれでちょっと独特の感じがあって好きですね」
——今作にはメルツやハー・スペース・ホリディのマーク・ビアンキも参加していますが、彼らとコラボレーションしてみたいと思った理由を教えてください。
「メルツは個人的にずっと好きで、一枚目からアルバムを聴いてきたんです。ハー・スペース・ホリディも大好きな曲があったんです。ロード・ムーヴィー的な歌詞や彼の声も好きですね。マークは若いって感じがしました。サウンドが若いんですよ。この二人では、国民性の違いをすごく感じましたね。ドイツ人とアメリカ人では、データの送り方とかが全然違う(笑)」
——高橋さんのアルバムには、必ずインストの曲が入っていますが、そこには何かこだわりがあるんでしょうか?
「今回はスケッチ・ショウ的な考え方ですね。アルバムにインストを挟んでいくと、聴きやすくなる場合があるんです。そういう感覚で曲をつくりました。ただ、春に出るアルバムなんで、(全体的に)思ったよりもホンワカしちゃったから、「In Cold Queue」は、アルバムの流れとして、どうしても4曲目に持ってきたかったですね。この曲のイメージは、強烈に寒い所を歩いている感じなんですよ。ロシアかどこかの寒い所。YMOで言うと『BGM』の「Mass」みたいな感じです。あと、「Exit To Reality」(8曲目)は、MORR MUSICのアーティストの曲にインスパイアされたんです。最初は駅の雑踏の中で出口を探しているようなイメージで曲をつくっていて、タイトルを京子さんに相談したら、“Exit In, Exit Out”というすごく良いタイトルが出来たんです。でも、どうしてもビートニクスの『Exitentialism(出口主義)』('81)が頭の中に出てきちゃうんで、迷ったあげく「Exit To Reality」にしました」
——5曲目ではブライアン・イーノ&ジョン・ケイルの「Lay My Love」をカバーしていますが、なぜこの曲をカバーしようと思ったんですか?
「何曲か候補があったんですけど、この曲が1990年くらいに出たときに、みんなでハマっていたんですよ。何でこんなにポップな曲つくったんだろうって(笑)、ちょっと笑った感じがあって。それを可愛くカバーできたらいいと思ってやりました。でも、歌詞を訳してみたら、メチャクチャ変だったんですよ。シロアリがどうとか、科学的な言葉が出てきたり、革命を起こすぞみたいなことを言ったりしている。ただのラヴ・ソングなんですけどね(笑)」
——7曲目「Still Walking To The Beat」には、普通の生ドラムが入っていて、他の曲とはちょっと違う趣きですね。
「これはスケッチ・ショウのライヴでは生でやっていた曲ですからね。最初は打ち込みだったんですけど、せっかくだから生ドラムを使いました。だから、生ドラムじゃないヴァージョンもあるんですよ。曲の真ん中に昔の「Walking To The Beat」が一瞬だけ出てきますけど、これはエンジニアの飯尾君が勝手にやりました(笑)」
——今作を制作していく中で、特に印象深かった曲はどれですか?
「1曲目の「SOMETHING NEW」ですね。去年の12月に森美術館でスケッチ・ショウのライヴをやったときにベーシック・トラックを演奏したんですけど、メルツが入ったら、こんなに陽気な感じになっちゃった。嬉しかったですね。もっと凍えるような夜の星とか月のイメージだったんですけど、生楽器がいっぱい入って、ちょっと牧歌的な感じになりました。メルツは、僕の音をほとんどカットしないで60トラックも送ってきたんですけど、その全部がすごく合っていました。あと、僕がつくったメロディーの通りに歌詞を書いてきたのは彼だけでした(笑)。凄いジョージ・ハリスンっぽいメロディーなんだけど、それが上手くハマっている。彼と僕の声はよく似ていますね。一番を彼が歌って、二番は僕が一緒に歌っているんですけど、全然違いがわからない。あとはスティーヴ(・ジャンセン)との「In This Life」。1994年の曲なんだけど、“この曲をまたやりたいから、ベーシック・トラックつくってみて”って言ったら、二週間くらいで直ぐに出来てきました。で、原曲の良さを残しつつ、“あ、ちゃんと分かってるじゃない”って音づくりになっていたから、ちょっと笑いましたけどね(笑)。一応メールでやりとりはしましたけど」
——スティーヴ・ジャンセンさんも、この辺の音に興味があるんでしょうか?
「どうなんだろうね。でも、チリチリとした音が入っていましたよ。多分この曲はスケッチ・ショウとかを聴いて、すごく意識してそういった音を入れたんだと思います。この間、デヴィッド・シルヴィアンと一緒にやっていたナイン・ホーセズのアルバムにもちょっとそれっぽい感じがあって良かったですね。相変わらずシルヴィアンのあの暗い声があって分かり辛いんですけど(笑)」
——そもそも高橋さんはいつ頃、エレクトロニカ/フォークトロニカ系のサウンドを発見されたんですか?
「4、5年くらい前かな。細野さんとやり始めた頃ですね。最初の頃、色々なものを聴いて迷っていた時期があるんです。でも、二人で何十枚もCDを聴いている内に、“いいね”っていう共通言語が似てきて、それが『Loophole』に繋がっていったんです」
——具体的には、どの辺の音ですか?
「ムームに代表されるような北欧ものとかですね。MORR MUSICには好きなグループが多いし、KARAOKE KALKの中のメルツ関係のコンピレーションにも好きなものが多かったですよ。あんまりイギリスとかアメリカにはない感じですよね」
——そうですね。
「基本的にMORR MUSICのラリ・プナとかミス・ジョン・ソーダとか、普通にロックっぽいあの辺の感じも好きなんですよ。だから、当初はそういうのをやろうかなとも思ったんですけど、やっぱり今回はループを組むような曲がいいのかなと。ロックっぽいのは、それはそれでまたやればいいやと思っています。新しい感じのものは全部好きなんで、あんまりこだわってないんですよ」
——この辺のサウンドの一番の魅力、面白さはどんな点にあると考えていますか?
「響き、ですよね。僕たちが“音響”って呼んでいたサウンドづくり、懐かしいコンセプトが、今のヨーロッパのエレクトロニカ系の人達の音にはあるんです。それがすごく牧歌的だったりフォーキーだったりカントリーだったりするんですけど、音のつくり方には、とてもギミックが多い。昔からアメリカのカントリー・ミュージックを聴いて育った僕らにとって、フォーキーなものの普遍性は根底にあるものなんですけど、彼らは、本人たちに壊しているつもりはないんでしょうけど、何のためらいもなく平気でグシャグシャに壊しちゃう。根底にある普遍性を意識しないで自分たちの“響き”に変えてしまう、その感覚がすごい新鮮だったんです。そういえば、ムームのコンサートを観に行ったときに、“ジョニー・キャッシュに捧げます”と言ってカントリーを歌って、そのとき細野さんと二人で“いいなぁ”と思ったんですよ。ジョニー・キャッシュ?って、ちょっとビックリしましたけどね(笑)」
——フォークトロニカ系サウンドのルーツは、イーノの“アンビエント・ミュージック”になるのではないかと思っています。高橋さんはどう思われますか?
「アンビエントの影響も強いですよね、どうしても。というのも、やっぱりテクノから移行していくときに、どうしても外せないものがありますからね。“響き”として重要なんです」
——イーノのアンビエントには、概念的で高尚な趣きがあります。一方で、高橋さんの最近のサウンドには、もっとパーソナルな感覚がありますよね。
「テクノロジーの進歩によるところが大きいですね。スティーヴ・ライヒが昔ミニマルをつくろうとしたときは、演奏者全員で実験的にやったわけじゃないですか。で、実際にどれだけ弾けるかということが重要だったりもした。でも、今はそういったことが関係なくできてしまうわけですからね。テープ・ループとかも、全部架空にコンピュータ上でできる。昔は僕たちも、ものすごい長いテープをそこいら中に貼りめぐらして回していたものです」
——ところで、高橋さんは釣り好きでも有名ですが、釣りをしている最中にインスピレーションやアイディアが浮かんだりしますか?
「全然ないですね。釣ることしか考えていないし、辛いし危ないから(笑)。今はフライ・フィッシィングだから、山の中の大自然と触れ合う感じがあってまだ良いんだけど、昔は磯釣りですからね(笑)」
——新作は釣りをしている最中に聴いても良いのかな、と思ったんです。そういった繋がりはありますか?
「釣りをやっているとき、実際にヘッドホンをしてiPodで曲を聴くってことはないですね。川で転んだら終わりなんで(笑)。ただ、釣りに行く車の中に、ヨーロッパのエレクトロニカ・レーベルのコンピレーションは合いますね。アコースティック楽器を使ってない曲でも、ものすごく景色とか自然と合いますね。なぜだかちょっと分からないんですけど」
——逆に100%アコースティックというか、アンプラグドのような曲でもダメなんですよね?
「そうなんです。本物のカントリーとかじゃダメなんです(笑)。じゃあ昔のニール・ヤングを聴きながら行こうといってもそれは違うし、そこはね、微妙なんです。先日、高中正義君と久しぶりにコマーシャル撮影で会ったんですけど、彼が『ヤマメ』ってタイトルで昔の曲を色々入れて、“釣りに行くときに聴いてみて”ってくれたんです。もちろんその曲で釣りに行くとすごく良いんでしょうけど、なぜかそれと同じくらいエレクトロニックな音が入っているものは自然と合うんです」
——最後に、今後の活動予定を教えてください。
「ソロでは、ちょこちょこ権藤君(権藤知彦)と組んでやろうかと思っています。イベント的なものにしたいかな。いろいろ考えます(笑)。あとは、今度はリード・ヴォーカルに女の子を入れたようなユニットもやってみたいんですよね。その他に、スケッチ・ショウもやりたいと思っているんですけど、まずは細野さんがソロをつくらなきゃいけないだろうから、その後になっちゃうかな。まぁ、色々とやってみたいです」
text FUMINORI TANIUE
YUKIHIRO TAKAHASHI
Blue Moon Blue
(JPN) TOSHIBA EMI/RESERVOIR / TOCT-25939


