ARMIN VAN BUUREN

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ARMIN VAN BUUREN /LOUD144号

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クラブシーンを席巻する、オランダの人気者

 オランダ出身のアーミン・ヴァン・ビューレンは、’76年生まれのクリエイター / DJだ。’90年代後半に頭角を現し、これまでに『76』(’03)『Shivers』(’05)と二枚のアルバムを発表している。フェリー・コーステン、ティエストとともに、ダッチ・トランスを世界に広めた立役者として、クラブシーンからの支持は厚い。
 そんな彼が、初の日本盤として、『Shivers』と最新DVD『Armin Only』をカップリングした、 『Shivers + Armin Only』 をリリースする。DVDでは、オランダで行われた巨大イベントの様子やPV、インタビューが楽しめるほか、日本独自編集がなされたCDでは、彼の代表曲をほぼすべてチェックすることが可能だ。アーミン・ファンはもちろんのこと、今まで彼のことを知らなかった人にも嬉しい一枚と言えるだろう。
 LOUDは、トップDJとしても多忙をきわめるアーミンに、新作の背景や近況を聞くべく、電話インタビューを試みた。



“トランス・ミュージックをつくっている”って意識したことは一度もないんだ。
僕がつくっているのは、“エレクトロニック・ダンスミュージック”という認識だよ。


—『Shivers + Armin Only』のリリース、おめでとうございます。
「どうもありがとう。アルバムを日本でリリースできて、とても嬉しいよ。日本は、僕を最初からサポートしてくれた国のひとつだからね」
—日本に対しては、どういった想い入れがありますか?
「日本食や日本の文化は、本当に魅力的だね。僕は、寝室の内装を全部和風にしているぐらい、日本が好きなんだ。日本からは、素晴らしいトランス・ミュージックもたくさん生まれていると思う。僕にとって大切な場所だから、1年に1回は必ず行くようにしているよ」
—DVDに収録されているというイベントのコンセプトを教えてください。
は、もともと小さいクラブのために始めたもので、イベント・タイトルは、“DJは僕一人”っていうコンセプトに由来しているんだ。僕一人で、9時間半のセットをするんだ。毎年どんどん規模が大きくなって、イビサやオーストラリアでも開催するようになったから、オランダの“Ahoy'”というビッグな会場で開催してみたのさ。DVDに収録されているのは、そのときの模様。あの日は、2万人のお客さんが来てくれて、本当に素晴らしい夜になった。いつか東京でも、を開催したいね」
—2万人ものクラウドを前にして、ロック・スターのような気分になりませんでしたか?
「僕は他人の曲をプレイするから、ロック・スターじゃなくて、あくまでも“DJ”なんだけど、最高の気分にはなったね。たくさんのクラウドに向けて9時間半ものショーをやれるなんて、アーティストだったら誰もが夢見ることだからね。ずっと“曲のクライマックス”を聴いているような気分だったよ」
—大きなフロアで、クラウドとコミュニケーションするのは難しくありませんでしたか?
「あのときはステージの上でDJしたから、ちょっと難しかったね。でも、フロアの大きさは関係ないよ。大切なのは、クラウドが曲にどう反応しているか見ることなんだ」
—Tシャツを頻繁に着替えていましたね(笑)。ブースは暑かったのでしょうか?
「そうそう。照明のせいで、ものすごく暑かったんだ。あと、お客さんが飽きないように、ちょっとしたサービスのつもりで着替えたというのもある(笑)。僕は、オランダのTシャツ・ブランド"KUYICHI"が好きなんだ。たしか日本語で、“いい人生”という意味だよね? 違う(笑)? シャツの売り上げは、発展途上国の工場で働いている貧しい人達に還元されるんだ。デザインも好きだけど、そういった素晴らしいアイディアにも共感している」
—ヨーロッパではセカンド・アルバムになるCD、『Shivers』でやろうとしたことは何ですか?
「『Shivers』は、これまでの作品よりも成熟したものにしたかったんだ。だから、「Who's Watching」の歌詞をはじめ、作詞にも積極的に参加したんだ。ただダンス・ミュージックをつくるだけじゃなくて、ボーカルや作詞にも、もっと深く関っているよ」
—一番ハッピーな気分になる曲はどれですか?
「「Empty Space」だね。ポール・オークンフォルドが、よく自分のセットでかけてくれる曲なんだ。メロディーとボーカルが気にいっているよ。個人的には、今作の中で一番好きな曲でもあるね。その日はすごく天気が良かったから、ナイスなメロディーができたんだ」
—これまであなたは、様々な手法でトランスの可能性を拡げてきましたね。
「ありがとう。まあ、僕が“トランス”っていうカテゴリーで認識されるのは、'90年代にトランスをつくっていたからだろうね。僕のサウンドはその時と比べて変化したけれど、ダンス・ミュージックであることに変わりはないよ。だから、どういう呼び方をされても構わないけど(笑)」
—それは、今の自分を“トランス・アーティスト”として捉えていないということですか?
「“トランス・ミュージックをつくっている”って意識したことは一度もないんだ。メディアが勝手にそう呼んでいるだけじゃない? 僕がつくっているのは、“エレクトロニック・ダンスミュージック”という認識だよ」
—では、これからはトランスにこだわらず、活動していくつもりですか?
「それは、リスナーがどう感じるかにかかっているね。でも、僕はトランスでキャリアをスタートさせたから、自分の原点にあるサウンドを大切にしていきたいとは思っているよ」
—具体的には、どのような方向性を考えていますか?
「これからは、ボーカル中心の曲もつくってみたいね。あとは、もっとアンダーグラウンドで実験的なこともやっていきたい。そのためには、もっとテクニックを磨いていかないとね」
—あなたはフェリー・コーステン、ティエストと並んで、ダッチ・トランス三大アーティストと言われていますが...。
「ははは(笑)! フェリーとティエストは、二人とも仲のいい友達だよ。特にフェリーは、同じオランダ人として尊敬している。彼とは、近いうちにバック・トゥ・バックをやろうって話もしているんだ」
—"DJ MAG"のDJランキング、“TOP100”では、2003年から3年連続3位を獲得していますね。巷では“今年あたり1位になるのでは?”という噂が流れていますが...。
「ははは(笑)、それは嬉しいね。実は、今年の結果が昨日発表されたんだよ(編注:このインタビューは10/26に行われています)。知らなかった(笑)? 僕は2位だったんだ」
—昨日だったんですか?! その結果にはがっかりしましたか?
「いや(笑)。本当に嬉しかったよ。世界第2位のDJになれたのは、素晴らしいことだからね」
—すでにニュー・アルバムの制作にもとりかかっているそうですね。
「それについては、まだ秘密だよ(笑)。どの曲を収録するかも決めていないし、もし何か教えて違うものをリリースしたら、みんながっかりするだろ?」
—慎重派ですね(笑)。では、今後の目標を教えてください。
「目標は...のコンセプトでツアーをすることだね。DVDと同じショーを、いろんな国でやってみたい。それが一番の夢だね」



interview & text トモヒラタ
translation KYOKO MAEZONO